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2009年6月 8日 (月)

何故●●したいと欲するのか

人間、齢40になれば戸惑いも消える、と昔の偉い人は言ったそうですが、僕はその年を6年過ぎた今でも日々迷ってばかりです。
「何故この仕事をしてるんだろう?」とか、「何故この活動に参加してるんだろう?」とか、または「何故あの人はそれをそんなにやりたがるんだろう?」

などなど。

マズローと言う心理学者の「欲求段階説」という学説によれば、人間の欲求は5つの段階に分けることが出来るそうです。①生理的欲求、②安全の欲求、③帰属の欲求、④自我の欲求、⑤自己実現の欲求。

①の欲求が満たされると②の欲求を追い求め、それが満たされると③に、と言う風に段階を追って人の欲求は変化して、最後に⑤を満たすよう行動する、と言う考え方。

詳細な解説は専門書やウィキペディアに譲るとして簡単に言うと、人は衣食住の安定が満たされると、他人との関わりと、その中で自分を認めてもらうことや賞賛されることを求め、その次には自分への挑戦をするようになる、と言うようなことかなぁと。

で、この説に当てはめて迷ってることを考えてみると

まず、仕事について。「働かざる者食うべからず」と言うことで衣食住を安定的に保つために働いていることには間違い有りません。でもそれだけじゃない

ですよね。仲間と一緒に成し遂げる、誰かに喜んでもらう、自分がどこまでできるか試したい、と言うような気持ちが仕事のやり甲斐になったりします。

でも、食っていけないとしようが無いので、相応の対価があって初めて感じるやり甲斐だとは思います。つまり①と②が満たされる仕事じゃないと、③~⑤はとうてい満たされないと言うことです。

この春からあるボランティア活動(まぁ、一言で言えば子供達の面倒を見る活動です)の責任者を任されることになったんですが、それについても日々迷っています。自分は何を求めてそれをやってるんだろうか、って。

ボランティアですから、当然無報酬です。なので①と②は望むべくもありません。③は確かに有ると思う。そこに行けば同じ活動にいそしむ仲間ができますから。でも、仲間づくりを目的にそれをやるべきではないと思います。親睦が目的じゃないので。④はどうか。子供達を預けに来る保護者達からは感謝してもらえますから、そこにやり甲斐を見いだす人もいるでしょう。でも、他人に誉められたいからやる、と言うのもちょっと寂しい気がします、大人として。

僕よりも永くその活動に参加している先輩達に言わせると「楽しいからやってる」そうです。他人の子供を無報酬で預かって、安全に遊ばせたりいろいろなことを学ばせたりする、立派な活動ではあります。でも「楽しい」とはなかなか感じられない。例えば僕の楽しみのバイクのように楽しいとはなかなか感じられません。

ん?!そう言えば何故バイクに乗ることが楽しいんだろう?別に人に誉められるわけでもなく、一人で乗ることも多いのに。強いて言えば操ることが出来たときの達成感でしょうか。

自己満足と言えばそれまでですが、自己実現と言い換えられなくもない、かな。

出来なかったことが出来るようになった時の達成感。それが「楽しい」のかも。
同じ楽しみをその活動に見いだせるかどうか。

それにしても「Unknown Scout」の少年はつくづく偉いと思います。なかなかそんな心境にはなれませんよ、この歳になっても。

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