« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月

2009年12月30日 (水)

とか何とか言いながら

今年も暮れていきます。

毎年のことだけど、年が変わったってカレンダーが一つめくられるだけで、大晦日と元旦を境に何かが劇的に変わる訳じゃないけど。

でも節目って、年々大事にしたいと思う。“変わる”んじゃなくて“変えていく”ために。

今年も一年間、ご覧になっていただきありがとうございます。

コメントを頂いた方も、そうでない人も、僕の拙い、何の役にも立たないこのブログにお付き合いいただき、心から感謝いたします。

皆様にとって、2010年が、明るい年になるよう、祈りながらとりあえず2009年のブログは終えたいと思います。

では、また来年

09ends_2

2009年12月29日 (火)

年末恒例のバイク散歩

今年は年末の仕事の進捗度合いが遅い。去年の手帳を見てみると、26日には仕事を止めていたけど、今年はようやく昨日仕事納め。年賀状もやっと昨日から手を付けている。

自宅の大掃除は先週末から始めているので、そっちはそろそろ終盤。

やり出すときりがない大掃除だけど、ちょっと一休みして、近所までバイクで散歩。

Imgp1494s行き先は、 初詣を控え静かなたたずまいの葛飾柴又、帝釈天。Imgp1493s

年末、この時期になると無性にここを訪れたくなる。

多分、「寅さん」のせいだと思う。

昭和の時代、年末になると必ずテレビで「男はつらいよ」を放映していた。

普段、お笑い番組やコメディをひどく馬鹿にしていた父親が、何故か暮れの「寅さん」だけは欠かさず見ていて、その時だけは一緒に笑い転げていた。そのせいか、映画館に見に行ったことは一度もないのに、気が付くと僕も「寅さん」のファンになっていた。

おいちゃん、おばちゃん、さくらにひろし、タコ社長に御前様、そして町内の人々。寅さんを取り巻く人たちは皆、一見お人好しで仲が良さげだけと、一方で見栄や意地を張り合って時に衝突したりしながらも、でも本当はお互いの関係をとても大事にしている。

そんな日本人のご近所付き合いの原風景みたいなものに、父親も僕も惹き付けられるのだろうと思う。

柴又の比較的近くに住むようになったのは、別に「寅さん」を意図してそうなった訳じゃないけど、なんだかただの偶然にしては出来過ぎな気もする。

ところで、去年も同じ時期にナナハンで帝釈天を訪れている。

Imgp0892s

これが去年の写真。

Imgp1492sこれが今年、つまり今日の写真。

人の細胞は、何年かかけて、全て新しいものに入れ替わると言う。

ナナハンも、一年かけて、色んなところが新しく入れ替わった。来年は、どこをどんな風に入れ替えようかな。

2009年12月26日 (土)

反省会

クリスマスの喧しい、賑やかなイベントも終わって、いよいよ押し詰まってきた。
そろそろ今年の十大ニュースとか、反省とか、一年を振り返る時期。
何のために?
来るべき新しい年に旧年と同じ過ちをしないように。
或いは目標を達成するため。
PDSサイクルを実践するため。
とまあ尤もらしく並べたけど、そんなことで行いを正せたり、目標を達成できたりしたら世話はないわけで。
毎年同じことを繰り返しながら生きているのが人間ってやつで、だからこそ毎年除夜の鐘を108回も聴かなきゃならないんだろうなと。

まぁ何はともあれ年末なのでこの一年をしみじみ振り返ってみようと思うのです。

今年の正月の家族の書き初めで書いた言葉は「挑戦」だった気がする。
その前の年は「動く」だった。
#「にんべんは付かないのか」と言うしゃれた突っ込みを入れてくれた人もいたが。#
それはともかく、今年の正月に心に期したことは「挑戦」する一年にしようと言うことだったと思う。
#最近、記憶力が本当に衰えてきてるので12ヶ月も前のことは自信がないが#

で、今年は挑戦した一年だったかと言う視点から、振り返ってみる。

【旅行】3月、繁忙期後の旅行でタイへ行ったことが僕にとって大きな挑戦だった。

何故タイだったかは色々大人の事情ってやつなので深くは詮索しないで頂きたいが、でも行って良かった。城跡こそ無かったけど、寺と遺跡があったし。

行く前は赤シャツと黄色シャツのデモ隊があちこちにいたりしてどうなることやらと不安だったけど、僕らが行ったときはそれも小康状態。

行って分かったこと。

タイの人は国王のことが大好きで、敬虔な仏教徒が多くて、3月から4月くらいは乾期で雨が降らなくて、カンボジアがライバルで、バイクは4人乗りまで許されている、ってこと。

それと、タイの人は渋滞で割り込まれてもトラブルにならない、ってのもちょっと感動だった。

【隊長】4月、「とあるボランティア活動」で、「隊長」を引き受けたこと。今まで組織の長には縁のない人生を送ってきた僕にとって、これは本当に大いなる挑戦だ。

就任当初は、とにかく緊張の連続で、全体を見渡すことの難しさ、先を読むことの大切さをその都度思い知らされて、落ち込んでたけど、自分一人ではできない活動なのであまり気負わず、周囲の協力を頼ってなんとか続けていきたいと思ってます。

【肝心のバイク】これは何と言ってもマフラー交換でしょう!

「教習車」と呼ばれて「平凡な大型バイク」の代名詞のように言われるCB750(RC42)を、どれだけ個性的で、僕好みの単車にできるか。挑戦はまだまだ続きますよ。

【ツーリング】うーむっ、今年は大した挑戦は出来なかったなぁ。新和倶楽部の定例ツーには2回参加したけど。来年は「挑戦」と呼べるようなソロツーリングに行きたいなぁ。

2009年12月23日 (水)

自覚が必要

どんなに寒くても、スキーに行くときとバイクに乗るとき以外は、穿かないと決めていたんだけど。

もも引き、タイツの類の話。

冬、街中を出歩くぐらいの時にまでそんなモノ穿くのは年寄りだ、気持ちはいつまでも二十代だ。そう決めていたのに。

でも、先週からのこの寒さには勝てなかった。寒波が来たと言っても、昔はもっと寒かったはずなのに。寒いとは言っても暖冬傾向には変わりはないはずなのに。

結局のところ、寄る年波には勝てず、ってところですか。

なんだかんだと強がっても、ユニクロのヒートテックを二本も購入してしまいました。

気持ちは若いつもりなのに、肉体の現実を直視すると、その気持ちも揺らいでしまう。

それから、若いと思ってるのは自分だけ、なんてこともある。

先日、近々結婚するという人を交えてマリッジソングの話をしていた時のこと。

僕が「こんな曲はどう?」

と話題にした曲は、彼らにとって「遠い昔の懐メロ」となっていたことが判明した。

長渕の「乾杯」ですらも、既に昭和の名曲になっていて、改めて自分の年齢を思い知らされた。

そりゃそうだよ、その曲がヒットした頃に大人だったのは、そこにいたメンバーでは僕だけなんだから。

「いい加減、年齢を自覚しろよ、俺!」と言うことか。

2009年12月20日 (日)

冬らしい年末

寒さのせいですっかり筆も鈍って、4日ぶりのブログ更新。幸い身体の方は風邪も引かずに年末の慌ただしさを迎えてます。

一昨日は職場の忘年会にも出たし。091218_212751s

#忘年会の会場近くのイルミネーションです#

暖冬とは言いながらもやっぱり寒くなるときは寒くなるもんです。ここ1週間、朝、布団から出るのが本当に辛い。

「冬はつとめて」(from「枕草子」)なんだろう、確かに。冷たく湿気を帯びた空気に吐く息が白かったりするのも気持ちが引き締まる気がするし、霜柱をざくざくと踏んで歩くのも小気味良い。

でも、「温く緩んだ」時間まで布団の中にいられたら、幸せだろうなぁ、と言うのが正直な気持ち。

明後日は冬至。明日以降は陽が延びていく。昔の人がこの時期を祝って色んなイベントを考えたのがしみじみ分かる気がする。

2009年12月14日 (月)

長い物

師走らしい寒さが続いている。これくらい寒くないと、街に流れるクリスマスソングも拍子抜けする。

ところで、寒くなってくると、何かと持ち物や身につけるものが嵩張る。

コートに手袋、今年はマスクにも気を使う。それから冬のお洒落の定番、マフラー。

このマフラーにも流行があって、時代によって長さが変わる。数年前は長いのが流行って、膝下までマフラーをぶら下げている若い女性を見かけたけど、最近は普通の長さに戻ったようだ。

僕は何年も同じのを使っていたので、今年ちょっと新調してみた。ユニクロもそろそろ飽きたので、事務所の近くに最近オープンした洋服の青山で。

で、今までのマフラーよりは少し長めで二つ折りにして巻いたり出来て暖かい。マフラーはやっぱりある程度の長さがないと暖かくない。

“長い物には巻かれろ”と言うし。

長い物には巻かれろ。うーむっ、良いような、悪いような。安心なような、それでいて自立してない感じで不安なような。

巻かれている本人は、「強いものに味方してこれで自分も安泰だぜ」なんて気を抜いているかも知れないけど、実際はどうなんだろう?

“巻いている”側の方は本当に“巻かれている”者のことを守るつもりでいるのだろうか、と言うとはなはだ疑問な場合が多い、と言うのが悲しい現実じゃないんだろうか。

「巻かれて安心している間に搾り取ってやれ」ってね。

そう言えば長いマフラーが流行った頃、バイクの車輪に絡まって死にそうになったと言う事故の話しをテレビで見たなぁ。

#その長い物とはあまり関係ないか

まぁ、なんにしても、長い物に巻かれることが必ずしも身の安全ではない、と痛感する今日この頃だ。

2009年12月13日 (日)

久しぶりの城跡ツー

昨日終日降った雨で濡れた路面が乾くのを待って、今日の午後、久々の城跡巡りに行ってきた。

と言っても板橋区の城跡なので、“ツーリング”と呼べるほどの距離じゃないけど。

自宅から環七と環八を通って訪れた城跡は赤塚城跡。

築城年は不明だけど、歴史を見ると僕が住む千葉とは縁がある。

下総の国の名族千葉氏は、1455年、関東公方・足利成氏と上杉氏の間に勃発した享徳の大乱に巻き込まれ、嫡流実胤・自胤兄弟が上杉氏を頼って武蔵に逃れた。太田道灌の庇護を受け赤塚城を与えられた兄弟は、武蔵千葉氏として道灌亡き後は北条氏に従い、豊臣の北条征伐までこの地に勢力を築く。

Imgp1483s 城跡は荒川縁の小高い丘の上にあり、麓の郷土資料館で学芸員らしきおじさんに、城跡についてちょっと話を聞くと、城跡は都の管理で現在も発掘調査の途中で、城についてはまだ分からないことが多いという。

最近は戦国ブームで、訪れる人が意外と多いとも。歴史に関心を持つ人が増えればこういう場所の保存も進んで、結構なことだと思う。

Imgp1491s デジカメの調子が良くなくてろくな写真が撮れなかった。

買い換え時かな。

2009年12月11日 (金)

オリジナルでお願いします。

ハーレーのスポーツスターがかっこいいって言ったのは確かに僕です。それにスポーツスターは国内でも人気車種なのは間違いない。

HONDAも外車のブランド戦略を見習えとも言った。

でも、だからと言ってそれをそのまま真似れば良いってもんじゃないとおもうんだけど。

もちろん「アメリカン」とか「クルーザー」と言うカテゴMvt7s2010sba_0 リーが確立されていて、日本だけじゃなくBMWやトライアンフからも擬似ハーレー見たいなモデルが出ていることも確かです。

でもこれはちょっとどうなの、HONDAさん?って思う。これはいかにもあからさまじゃないですか?って。

Spst

こっちが元祖ハーレースポーツスター。

値段は“元祖”の方が20~30万くらいは高いのかも知れない。でも、“元祖”をほしがっている人が、上の写真のHONDAから発売されるハーレー“もどき”で我慢するとは思えないんだけど、どうだろう。

“性能”と言う点では確かにどちらが優れているかは分からない。HONDAのエンジンは壊れないことで定評があるし、燃費だって良いかも知れない。

でも、バイク好きにとってのこだわりの根拠となるブランドの価値って、それだけじゃない。

「初期不良であそこがああなったり、そこが色んなことになったりするけど、それがどうしたの?ハーレーだもん、全然問題ないじゃん!」って人がハーレーを選ぶという状況をどう見るか。

こんなスポスタもどきを出すくらいなら、モーターショーで出品したCB1000の付加価値をもう少し高めることを考えて欲しかった。4サイクルマルチエンジンこそ、HONDAのオリジナルなんだから。

2009年12月10日 (木)

確認するくせ

先日、車で信号待ちしていると、路地から通りに出てきたおじいさんが道を渡るときに、指さし確認をしていた。しかも声に出して。

「右良し、左良し」って。

昔、メーカーの経理に勤めていた時の日常的な光景を思い出した。勤めはじめの頃は、そんな動作が物珍しくて指さし呼称、やっていたけど、職場に慣れてくるとなんだか馬鹿らしくていちいちやらなくなっていった。

広い敷地で、見通しも利く場所でも、そこかしこに「横断時は指さし呼称」って看板が立っていて、ちょっとうっとおしかったりもした。

でも、やっぱり「注意一瞬、怪我一生」って言葉も有るとおりちょっとした油断が大きな災難を呼ぶこともあるから、初心を忘れては行けない。

今朝、最寄りの駅のチャリンコ置き場に着いた時にふと頭に浮かんだことがある。

「あれ、ストーブ消したっけ?」

「うーむっ、思い出せない。」

「あぁ、でもあれか、2時間経って継続ボタンを押さないと自動的に消えるから、まぁいいか。」

と、駅の階段を歩き始める。

「うーむっ、でもなぁ、帰っていて家が焼け跡になってたなんて洒落にならんよなぁ」

#うちはセコムしてないし#

なんて3分ほど逡巡したあげく、結局、一度自宅に戻ったらストーブは消えていたのを見てガックシ

そう言えば去年の冬にも、事務所のセラミックヒーターを消したかどうか気になって、帰宅途中の駅から引き返したことがあったっけ。

あのおじいさんの指さし確認、見習わなきゃ。

2009年12月 9日 (水)

犬も歩けば

棒に当たる、じゃないけど、今年何度目だろう、事故を目撃するのは。

午前中の顧客訪問の途中、蔵前橋通りを走っていると、中央分離帯に立って男性が携帯電話をかけているのが見えた。近づくと、反対車線にヤマハTWと思しきバイクが倒れていて、その手前にはヘルメットを被った人が道路に横になっている。女性のようだ。少し起きあがろうと動いてはいるようだ。

どうやらタンデムで転けて、女性は怪我をしている模様。

反対車線だったので、横目で見ながら通り過ぎた。

あぁあ、年末に事故とは可哀相に。大事無ければいいけど。

今年は冒頭も書いたけど今年はよく事故を目撃する。

春の八ヶ岳ツーリングでのハーレーの転倒。夏、駅前でのCB400と車の事故。そして今回。あっ!忘れちゃいけない、先月のゴリラもだ。

今朝はこの冬一番の冷え込みで、もうしばらく長距離を乗ることはないけど、近場をちょこちょこと走ることは有ると思う。

若い頃も含めて通算で15年くらい単車に乗ってるけど、大けがをするような事故に遭わなかったのは、多分、運が良かったんだろう。

道は自分一人で走っているんじゃないってことと、たとえこちらに非が無くても単車の事故はライダーが必ず痛い思いをするってことを、改めて肝に銘じたい。

2009年12月 8日 (火)

為せば成る

一昨日、「とあるボランティア活動」の子供達に、手話で歌を歌う、っていうのを教えました。

クリスマス会の出し物にビーバー達に手話ソングをやらせようと思いまして。

幸い、材料となる参考書は割と豊富で、その中から子供向けの歌で、手話も覚えやすそうなものを選んで。

でもね、正直、相当不安でした、やる前は。

5歳から8歳の男の子相手にあと2回の練習で、本番まで間に合うか、ちゃんと覚えてもらえるかどうかって。

同年代の女の子ならともかく、男の子は歌とかお遊戯なんて好きじゃないから。

案の定、初めてから20分くらいは全くやる気無し。そりゃそうでしょう、指導する僕たちも事前に練習をしてなかったので、お手本にもならないわけだから。

#ここで「『備えよ常に』はどうした?」と言う突っ込みは当然甘受しなきゃですが

ところが、こちらも一緒に一つ一つの手話を彼らと一緒に覚えていって、曲がりなりにも歌に合わせてジェスチャーを出来るようになると、ちょっとずつ目の色が変わってきた。

さらに、二つのチームに分かれて練習の成果を発表し合うと、これがまた対抗心を持ってさらに練習に熱が入る。と言ってもその熱も、続いてせいぜい5分が限度だけど

それでも2時間の集会の終わりの頃には、分かれたチームに与えられたそれぞれの課題曲を通して練習できるようにはなっていた。

実は、この手話ソング、随分前からやらせてみたいとは思っていたんだけど、この年代の男子は女子に比べて幼いから、普段から相当練習させないとならない。そう考えると1ヶ月に2回の集会ではとても追いつかないから、やはり無理かと諦めていた。

ところが、やってみれば出来るもんです。

普段は幼くて頼りなく見えても、やる時にゃやるのが男の子、ってところでしょうか!

2009年12月 7日 (月)

運動不足

数年前までは定期的にテニスをしてたり、意味もなくマウンテンバイクで川沿いを走り回ったりしてたんですが、40代後半に入ってからは、身体を動かすことから遠ざかってる。

ヨガを始めたりもしたけど、仕事の忙しさを言い訳にさぼりっぱなし。

身体も頭も使わないと衰えるのは分かっていても、楽な方へ楽な方へと流れていくのは人間の悲しいサガ。

使わないと衰える、ってのはどうやら機械でもあるらしい。

昨日、2週間振りにナナハンのエンジンに火を入れると、一応ガソリンを燃やしてピストンが動いているようではあるけど、アイドリングがいつまでも安定しない。

季節的に暖まるまで時間がかかるのは分かるけど、走り出してもどうも吹け上がりが弱い。

2週間、一度もエンジンをかけなかったからなぁ。

あれかなぁ、ガソリンの量も少なかったから、水分が気化して燃焼室に入っちゃったりしたのかなぁ、などと無い頭を捻ってみる。

ナナハンも運動不足で、風邪を引いたって感じかな。

まぁ、いざとなったらまた新和モーターさんのお世話になれば良いんだけど。

あぁ、でも、僕の身体と頭の運動不足の方は、頼めないけど。

2009年12月 2日 (水)

余韻に浸りながら

未だ冷めやらない夜会の熱を引きづりながら、師走も二日が過ぎた。

そう、師走です。いい加減年越しの準備をしなきゃです。

今年の年の瀬は去年に比べてあわただしい。余韻に浸ってる場合じゃない。あぁでも夜会の舞台は本当に素晴らしかった。

ラブソングは一曲もなかったけど、人の世の儚さ、切なさ、生きていることの喜び、悲しみとかを切々と語りかけてくるあの人を、間近で見ることの出来たことの感激。

そのことばかりが頭に浮かぶ。師走のこの忙しさも忘れて。

行けませんなぁ。このままだと年内にやるべきことを新年に持ち越すことになりそうだ。

ちょっと気持ちを切り替えないと。と言うことで、今日、晩飯の料理をやってた。

#夜会の余韻と料理がどう繋がるのかはちょっとおいといて#

作ったのは鶏団子を入れたみぞれ鍋。

鶏挽肉にショウガ、卵、片栗粉を入れてこねて団子にして、白菜、椎茸、豆腐と一緒に鍋で煮て、最後に一本分おろした大根下ろしをざぁっとかけて出来上がり。

料理が得意な人って、段取り上手な人なんだと思う。僕は残念ながら得意じゃないけど、やってみると準備とか段取りの重要性を学べる気がして、時々やるようにしている。

気持ちよく新年を迎えられるように、何事も段取りよく進めて行きたいもの。

#そうそう、みぞれ鍋は美味しくできて、家族にも好評でしたよ#

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ