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2012年1月 3日 (火)

感動!!

新年、あけましておめでとうございます。寒い三賀日ですね、今年は。

家でだらだらしながらの箱根駅伝観戦は、例年通りなんですが、今年は特に感動させられました。
もちろん、母校が総合優勝したこともその一つですが、他にもドラマがありましたね。

復路の神奈川大学の繰り上げスタートぎりぎりのたすきリレーもその一つでした。20メートル手前でふらふらになって倒れながらも、必死で起き上がって繰り上げスタートの号砲が鳴るのとほぼ同時くらいにたすきを手渡したその気迫に、思わず胸が熱くなりました。

また、繰り上げスタートになってしまって、たすきを手渡すことが出来なかった選手が中継所に入ってきた際の観客の拍手にも、何かほっとするものを感じさせられた。

そして、2位に大差を付けての往路復路完全優勝。

他を寄せ付けない圧倒的な強さだったけど、それを実現したのが、「20秒差を一人2秒ずつ縮めよう」と言う思いでの一年間の練習だったというエピソード。

20秒差で優勝を逃した悔しさを、チーム全員で一年間持ち続けて練習に取り組むのは、選手も監督も相当な精神力が必要だと思う。

「スポーツは筋書きの無いドラマ」とは使い古された言葉だけど、今年の箱根駅伝ほど色んな感動を与えてくれたスポーツ観戦は、無かった。

今年の三賀日は最高気温が10度にもならず、とてもバイクに乗る気にならず、インドアな正月だったけど、熱い感動をもらいました。

さあ、明日から仕事です。今年は熱い気持ちで、行きたいものです。

2011年4月 7日 (木)

他人のための支出

震災の被害は、原発問題も含めてなかなか収まりそうもないまま、新年度。

直接の被災地からは離れているけれど、「大丈夫でしたか」と「どうなるんでしょうね」が挨拶代わりに交わされる。

「復興」の言葉もちょっとずつ目にするようにはなったけど、何に付け必要な物は先立つモノ。被災した人たちの生活を回復させるには、10兆円必要と言われている。そんな金、どこから捻出するのかってのが、議員や官僚達の悩みなんだろうけど。

ところが意外に多く集まっているのが義援金。国内だけでなく、海外からも沢山寄せられているらしい。これには驚いたり、感動したり。

世の中、まだまだ捨てたモンじゃない。渡る世間に鬼は無し。身銭を切って世のため人のために尽くそうとする人が、こんなにも多くいるなんて素晴らしいことです。

でも。と思う。

確定申告の時期が終わったから言う訳じゃないけど、「世のため、人のため」と言い聞かされながらも、進んで税金を多く払おうと言う人はそうそういるモンじゃない。

ところが震災の義援金は、皆、こぞって支出している。

この違いは一体?と考えずには居られない。

どちらも、直接自分に見返りのある支出ではない。どこかで誰かの役に立つであろうことをなんとなく理解しているだけ。

義援金は強制されない。各自が出来る範囲で出せば誰からも非難されない。

一方、税金は、法律で強制されるけど、義援金と同じように、「各自が出来る範囲で」負担すると言う仕組みにはなっている。

問題はその使い道に対する信頼性なんだと思う。

お金に色は無いけど、どんな風に使われているかのイメージが、義援金と税金ではずいぶんと違う。

義援金は所謂「浄財」だから、これを悪用したら罰が当たる。義援金を使う人間にはそんな意識が働くものだ、だから、概ねちゃんと使われるんだろうと、何となく思いこんでいる。

一方税金は、法律に基づいて権力が集めてる。集める側は、当然のように徴収する。使い道は一応国民の代表が決めてるけど、下々の者は直接タッチは出来ない。
で、どうも好き勝手に使われている気がしてならない。

いくら義援金が集まってるとは言え、それだけでこの復興は無理な話。結局は税金で賄わなければならない。

今まで散々、無駄遣いされて、払うのに嫌気が差している税金。こんどこそは、ちゃんと世のため人のため、困ってる人のために使われて欲しい。

2011年3月16日 (水)

3.11

3.11は忘れられない日付になるでしょうね。

まだ1週間経ってませんが、随分色んな事がありました。

ビルの揺れを見て、「遂に来たか、東京も終わりか」と覚悟をしました。
大勢の人と同じように、帰宅難民になりました。
そして今日は停電で暗くなった町中を歩きました。

幸いなことに、僕の家族、親族に地震の犠牲者は出ませんでした。本当に幸せなことだと感じます。

余震は続いてるし、原発も心配です。この先、この国はどうなるのか。

震災の犠牲者を思うと、本当に胸が痛みます。痛むだけで手をさしのべることも出来ませんが。

昨日、あるラジオ番組で、ゲストのコメンテーターが言ってた。

「今、普通の人に出来ることは、今まで通りの仕事を頑張ること。それがこの国の経済を支えて、ひいては被災者の支援を間接的に支えることに繋がる」と。

その通りだと思う。
自分の仕事が少なからず人の役に立つ物であると考えるなら、それを続けることが大事かなと。

2011年2月15日 (火)

冬は記憶力について考えさせられる

もう、いいですよ、雪は

本当に、今年ほど雪やインフルエンザの流行状況が気になる冬は有りませんよ。

いや、個人的な事情ですがね。
息子が高校受験を迎えたと言う、きわめて個人的な理由からですが。

でも、受験生を抱えているご家庭では、どこも同じ心境だろうから、社会的な問題と言えば言えなくもない。

アメリカのように新学期を9月にするべき、と言う提案がある。
この季節の受験には、インフルエンザ感染のリスクや、雪による交通機関の混乱と言った、受験生を取り巻く不安定要因が多いことを考えると、もっと真剣に検討すべきだと思うのは、僕だけだろうか。

頭の固い役人共や教員達は、国民の利便性の向上なんて事よりも、自らの仕事の安定を優先するから、到底実現しそうにはないんだろうけど。

まぁ、ここで鬱憤晴らしをしても、あまり建設的ではないのでそれはさておき。

ところで、受験と言えば思い出すのが、僕の高校の先輩が言ってた言葉、受験を乗り切る合い言葉

「気力、体力、暗記力」

そう、重要なのはこの3つ。

で、今日の話題は3つ目の暗記力、記憶力の話し。

「記憶力の世界選手権」と言うのが有るらしい。千桁に及ぶ数字の羅列の順番を短時間で記憶して、正確さを競ったり、複雑な形の図形が並んでる順番を憶えたり、その他、とにかくやたらに記憶する力を競う競技。

20年くらい前から開催されているらしいけど、記憶力の世界記録というのは年々更新されている。

脳の研究で有名な茂木健一郎のコメントによると、記憶力を司る海馬という部分は、鍛えるほど能力は高まるらしい。

確かに、考えてみると、僕等が日々接する情報の量は20年前と比べると、ネットや携帯のお陰で、格段に増えている。

#中には、触れる必要のない情報も沢山あって(このブログもそうかもΣ(;・∀・))、それらは捨てていいのかも知れないけど#

それらの情報を処理すべく「脳みそ」の方も、否が応でも鍛えられていくことになるのかも知れない。

未来の人間は、頭が大きくて、目もギョロッとしていて、その一方で首から下の体は貧弱で、まるで宇宙人のようになる、何て言う話しを思い出す。

そう言えば、進歩してるロボット技術は、人間の肉体を貧弱にしていくんだろうし、、、

いずれは「七頭身の体は野蛮でかっこわるい」なんて言われたりして。

そんな未来って、待ち遠しいか。

#あっ、でも記憶力は強化したいよね、何かとヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ#

2011年2月14日 (月)

同情するなら○○をくれ

世の中、何やらハートマークだらけです。

もてない人生を自他共に認めてきた身としては、斜に構えたくなる季節。

「ちぇっ、何を世の中はしゃいでいやがるのさ、どいつもこいつもマスコミに良い様に踊らされて(-ε-)」なんてね

でも、それも大人気ないので、「まぁ、若いうちはせいぜい楽しくやって頂戴」なんて、妙に大人の余裕を見せたりして。

!?なんのことかって?そう、バレンタインデーの騒ぎの件ですよ。

#本音では『義理』でさえ、欣喜雀躍するくらい嬉しいのですがねヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ#

自慢じゃないけど、青春時代、女子からチョコレートをもらったことなど、全て記憶しております。そうそう、滅多にあったことではなかったのでね、はい。名前すら全部言えますよ、昔のことでも。

。。。そんな「もてない自慢」、聞いてもしょうがないですよね。

ただ、これだけは言いたい。全国の思春期の息子をお持ちのお母様方へ。

息子にチョコレートをプレゼントするのは、出来ればやめた方が、と。

特に、肉食系男子で、女子に縁がなさそうな息子には。

嘉門達夫も歌っております。

♪お母んの同情チョコだけは、欲しくなかった~♪

と。

あの歌は、染みるなぁ。

#そう、僕の心の傷を元に、同じような思いをする男子が増えないよう、肉食非もて系男子からのお願いでした#

って、もうバレンタイン当日ですね。間に合えばいいが。

2010年1月 6日 (水)

電子○○

三賀日が終わった途端に本気の日常モードの今週、週末まであと2日有りますが、いかがお過ごしでしょうか。

つかの間のお祭り気分が過ぎてみれば、世の中やっぱり不景気風が吹き荒れていて、暗いニュースが目に付く。

3年ほど前のミニバブル期は例外として、今世紀に入ってからの不況の原因はIT技術の発展のせいだ、とどこかのエコノミストが言っていた。

なるほど、と思う。以前にも書いたけど、コンピュータの性能が飛躍的にアップして、いろいろなモノが便利になったけど、その影ではそのコンピュータに仕事を奪われた形の人が大勢出た、と言うわけ。

経済学では、経済成長のためには人口の増加か、技術進歩が必要と言われるけど、技術進歩による経済成長が必ずしも多くの人を幸福にはしていない気がしてならない。

一昨日の新聞で、電子書籍の話題が取り上げられていた。アメリカで成功している電子ブックを日本でも普及させようと、ソニーやらアマゾンやらが動いているという。

うーむっ、またしても電子○○

電子メール(既に死語?)に電子マネー、電子申告(これはなかなか普及しない)、電子証明、電子認証、音楽の電子配信。どれもネットに乗って情報だけのやりとりで事足れりとする。

始めのうちは何となく不安だけど、使ってみると便利なので気が付くと結構普及している電子○○達。

けど、書籍までそこに載せてしまって良いのだろうか、とも思う。

単に“趣味”やノスタルジーで言うのではなく、文字情報がメインの書籍は、電子化されることで改竄が容易になるんじゃないだろうか。

そりゃ、暗号技術やら何やらを駆使して、「本物」だけが“流通”するような仕組みにはするんだろうけど、でもどんなセキュリティーも完璧じゃないし。

海賊版なら本物のコピーだからまだいいけど、本物を書き換えて、違うストーリーにされて流通したら、どれが「本物」の原作か分からなくなったりとか。

#例えば、主人公が死ぬようなエンディングに不満な読者が勝手にハッピーエンドに書き換えて流通させるとか#

これが漫画や映像だと、改竄するのにそれなりの“腕”が必要だろうけど、文字情報だと誰にでもそれができちゃうのでは、などと考えると、電子書籍ってどうなの?って思う。

サザエさんやドラえモンに関する都市伝説が、原作と入れ替わっちゃうなんてことが起きたら

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