書籍・雑誌

2016年6月 5日 (日)

放浪者

フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」を超えると言うキャッチフレーズに惹かれて、久しぶりにスパイ小説を手にした。
映画化もされたフォーサイスの代表作「ジャッカルの日」は随分昔に読んで、その時代の世界情勢を背景にしたスリリングなストーリーに魅せられて、他の作品を読み漁ったことがあった。
その頃のことをふと思い出しながら読み始めたテリー・ヘイズと言う作家のデビュー作品、「ピルグリム」。


主人公が自ら事件を語る形式で進むのもユニークだし、「9.11」以降のテロとの闘いを題材にしているのもリアリティがあって、読み始めたらグイグイ引き込まれている。

ところで、pilgrimとは放浪者の意。
ここ数年、この時期になると何だか放浪者の気分になる。
周りの人には「仕事関係で出掛ける」とは言い張ってるけどきっとそうは見えないんだろうなぁ。
でも、かと言って自分から進んで企画してる旅でもない。言わば流れに任せての旅。
もちろん正確には放浪ではなくツアーだけど。
一昨年、昨年に引き続き恒例になりつつある旅に、もうすぐ出掛ける。
今年はセブ島まで、こいつを見に行くらしい。



運良く会えれば、の話だけど。

2011年9月19日 (月)

「数式なしでわかる物理学入門」を読んで

文系人間です、根っからの。

数学を高校1年であきらめて以来、文系です。

仕事では数字を扱ってますが、基本的に足し算、引き算がメインなので、文系でいっこうに差し支えないんです。

人間、自分の知らない世界に対しては、過大なイメージを描きがちです。男性から見た女性とか、アマチュアから見たプロ、とか、日本人から見た外国人とか。

「あの人達は、きっともの凄く○○○なんじゃないだろうか」って。

#○○○にはご自分で適宜言葉を当てはめてください#

文系から見た理系もまた然りで、複雑で難解な数式を操る理系の人間は、常に冷静で計算に長けていて、とか、いろいろ妄想したりすると同時に、ちょっとしたあこがれと、コンプレックスを持って見てしまったりするんです。
#僕だけかも知れませんけどね#

で、時々、こんな本を読んだりもします。

41lmxqdpkl__bo2204203200_pisitbstic 桜井邦朋 「数式なしでわかる物理学入門」祥伝社

ガリレオ、ニュートンが発見した力学の話から、エネルギーの話、電磁波について、そして素粒子物理学の世界についてまで、数式を用いずに各分野の概要を解説している。

第1章では、物理学とはどんな学問かの説明がある。それによれば、「物理現象に隠れた因果関係を見つけ出す」ことを目的とした学問で、数式は、その「因果関係をより厳密に説明する」ために用いる手段に過ぎないとしている。

また、結びの第8章「物理学を理解するとはどういうことか」では、「数式に頼ることなく、どんな物理現象であっても、その成り立つ理由を理路整然と矛盾なく説明すること」から真の理解が可能で、また、数式を云々する以前に現象の本質をつかむことが必要だ、述べている。

ふーむっ、いろいろ示唆に富んだ文章で、考えされられました。

これを読んで物理学を勉強しようとか、息子と一緒に理系の勉強しようとか、そんな殊勝な(短絡的な?)ことは思わないけど。

数字よりも、その裏にある物事の本質をつかんで理解することが大事、と言うのは僕の仕事にもちょっと通じる点があるかと。

物理学で扱う“数”と僕が仕事で扱うそれは、性質は全く違うけど、
「なぜその数字になるか」の説明は常に心がけなければならない。

で、もっと言えば、その数字が意味する現象をつかんで、相手に説明できれば一番いいんだろう。

物理学の本を読んだのに、ついつい仕事と結びつく文章にだけ気をとられてしまった。ヾ(´ε`*)ゝ

肝心の「物理学」の中身はわかったかって?
まぁ、興味があれば読んでみてください。

2011年2月12日 (土)

暖走寒読

お寒うございます。外は雪です。もうバイクどころではありませんよ、今年の冬は。

寒空に単車乗ってる人を見ると、手を合わせたくなります。
「寒い中、ご苦労さん」
って。

で、そんな季節は部屋で読書、と言うのが分別ある大人の嗜みかと。

去年の暮れから読み始めた夏目漱石の三部作は、1月に読み終わった。
純文学の「人生とは」とか「生とは」とかの重めのテーマの後は、もうちょっとスカッとする読み物が読みたい。

そう、炭酸飲料のようなスカッとするやつを、ツーリングの後みたいにすっきりする作品を根

でも、いい大人なんだから、ちょっとは渋めのテーマの作品を、と思って手に取ったのがこれ

6182tw4rafl__ss500_ 高橋克彦の「風の陣」。
20年ほど前に大河ドラマになった「炎立つ」に繋がるストーリー、という文句に惹かれて読み始めた。

奈良時代の朝廷の権力闘争に巻き込まれながらも、東北蝦夷の独立を守るために奮闘する蝦夷出身の武人とその仲間達を描いた長編歴史小説。

この時代はちゃんばらも忍者も登場しないから、それほど興味を持っていなかったんだけど、朝廷の入り組んだ利害関係や、どろどろした権謀術数、それを蝦夷のために利用するために奔走する主人公「牡鹿嶋足(おしかのしまたり)」や「物部天鈴(もののべのてんれい)」たちの活躍がドラマチックで、中々面白い。

現在読み進めているのが全4巻の中の2巻「大望編」。舞台となっているのは「恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱」。

昨日は朝から雪で、どこも出かけず、午後のテレビをつけてみると、NHKのBSで偶然にも奈良時代を取り上げた番組(案内人は古代史ファンの俳優 苅谷俊介)をやっていて、見入ってしまった。

「小説 風の陣」でも権力を独り占めする悪人として描かれている藤原仲麻呂。そして、時の天皇に対して謀反を起こしたために、征伐されてしまう典型的な悪役。
この時代の歴史書「続日本紀」でも、謀反人として記録されているけど、最近の調査では、仲麻呂は謀反を起こして征伐されたのではなく、逆に時の天皇に嵌められて、権力の座から引き摺り下ろされたのでは、と言う説が浮上して、番組ではその説の検証をしていた。

ふーむっ、面白い!
記録に残っていることが、必ずしも歴史の正しい姿とは限らない、と言うことを見せられた気がする。
そう思って見ると、「風の陣」もまた別な趣を感じながら読める。

2011年1月10日 (月)

柔軟なのか、いい加減なのか

年に一度、「文学」と言うものを読んでみたくなる。
一昨年から去年にかけてトライしたのが三島由紀夫。

去年の暮れから、読んでいるのが夏目漱石。
日本人なら誰でも知っている作家だけど、恥ずかしながら今まで一度も読んだことがない。

選んだ作品は三部作「三四郎」「それから」「門」

今、ようやく「それから」を読み終わったところ。

内容に関しては措いといて、どうも読み慣れない文体と漢字の読み方が使われていて、とても読みづらい。

①已を得ない(やむをえない)

②近来は(ちかごろは)

③固より(もとより)

④不図思う(ふとおもう)

⑤一所に(いっしょに)

⑥手帛(はんかち)

⑦不可ない(いけない)

明治の文豪、漱石大先生の使っている表現ですから、今更異を唱えるなど無礼な話しなんでしょうが、浅学な僕には「?これってそう読むの?」って言葉ばかり。

②は「近頃」が正しいのでは?

③は「元より」なんじゃないのかな?

⑥は読めないでしょΣ(;・∀・)

⑦は学生時代の成績表を思い出す。「不可」がないならいいじゃん!

五月の蝿と書いて「うるさい」と読ませる感覚。
よく言えば柔軟性がある。
悪く言えばいい加減。
何でもポジティブに捉えたい。今年は日本の良さを見直そうと言う機運が見られることだし。(*゚▽゚)ノ

2010年8月31日 (火)

毒に当てられて

読書は、気分をスカッするため、あるいは何か知識や示唆を得るためにするものと決めている。

だから、読んだ後、「なるほど」と思ったり、「あぁ面白かった」と感じることが大事。

ところが最近読んだ「森に眠る魚」(角田光代 著 双葉社)。

これは最悪の読後感だった。
513lelj5rl__ss500__2何年か前に文京区で実際に起きた、御受験に絡んだ殺人事件をモチーフにしていて、そのテーマも決して明るくはないけど、なによりその描き方が強烈だと感じた。

確かに人の心の中には、もの凄く入り組んだものがごちゃごちゃとあるんだろうけど、ここまで細かく、しかもねちねちと描写したものって、初めて読んだ。

しかもそれが、「あぁ、きっとそう言う事って現実にもあるんだろうな」と思えてしまうところが余計げんなりさせられた。

家内に言わせると、女性作家の心理描写は大体こんなモノだという。男性作家の場合、概して淡々とストーリーが進むのに対して、女性の作家が特に女性を描くと、色々な思いを交錯させて描くという。

テーマが、小学校お受験と母親達と言うのも、今の僕にはちょっとタイムリー過ぎて、この作品の毒に当てられた感じだ。

あぁ、確かNHKドラマ「八日目の蝉」もこの人の作品で、あれは壇レイがとても良くて、思わず泣いてしまったけど

これはちょっとねぇ。読むんじゃんかったかなぁ

2009年10月31日 (土)

正しい日本語って

歌は世につれ、と言うけれど、言葉の意味も時代によって変わっていく。

先月、NHKで正しい日本語とは何かをテーマにしたバラエティ番組で、「・・・でよろしかったですか?」と言う言葉を取り上げていた。

この表現に違和感を持つ人は多いけど、実は東北地方では昔からこの過去形みたいな表現をよく使っていたという。

そう言えば東北出身の僕の母親も、親戚を訪ねた際には似たような言葉を使っていた。

「○○さん、いる?」ではなく

「○○さん、いた?」と言って玄関を入っていったものだ。

何故過去形になるのか、よく分からないが、最近「耳障り」とされているこの言い回し、決して誤った用法ではないということらしい。

昨日、ようやく1冊読み終わった三島由紀夫の「豊饒の海」第1巻でも、「?そんな日本語あり?」と思う表現を見かけた。510aada6gel__ss500_

言葉で表せないくらいの大きさを表現するのに使用されていた、「莫大もない」と言う言い回し。

「途轍もない」とか「途方もない」、「とんでもない」と言う表現はすんなり受け入れられるが、「莫大」を否定するようなこの言葉。とても違和感を感じた。

実はこの「莫大も無い」は、初めて目にしたわけじゃない。僕の父親が同じ使い方をしていて、そのたびに「その日本語は正しくないだろ」と、指摘してきた言葉。

そして、僕の中では二十年以上、「間違った日本語」として認識してきた。

ところが、三島由紀夫大先生が堂々と「莫大もない」を使っていたことの衝撃!

「莫大」の一言でものすごく大きいことを意味するのに、それを否定してさらにそれより大きいことを表現する、と理解すればいいのだろうか。

うーむっ、日本語はつくづく曖昧な言葉だと思う。

その曖昧さが日本の文化でもあり良さでもある、と言う理解でよろしかったでしょうか。

2009年10月 2日 (金)

流行モノには手を出すな

世の中で何が話題か、どんなモノが流行っているのか、一応はチェックするけど、それに乗っかるのはなんか癪に障る、と言う天の邪鬼な性格で、流行モノには出来るだけ手を出さないように心がけている。

で、最近読み始めた本が三島由紀夫の「豊饒の海」。三島由紀夫と言えば高校の頃、「潮騒」を読んだくらいで、それもほとんど印象がなく、山口百恵が主演で映画になってたなぁ、くらいしか思い出せない。

それに決して今流行している作家でもない。

読み始めた「豊饒の海」は全4巻からなっていて、3巻目のサブタイトルが「暁の寺」で、タイ、バンコクの寺院ワットアルンが題材になっている。

この寺は今年の春、旅行で訪れた寺で、金ぴかな寺ではないけど、タイル細工が綺麗でとても気に入った。その寺を舞台にどんなストーリーが描かれているのか気になってこの作品を読む気になった。

まだ1巻目だけど、独特の言い回しが面白くて引き込まれている。Imgp0956s

今流行の村上春樹は、きっとあと3年くらいしたら読むかも知れない。

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