ツーリング

2014年9月23日 (火)

独り唐沢山城

今年は何かとグループで一緒に行動する機会ばかりだったけど、独りで走るのもいいもんです。

「バイクはグループで走っていても孤独な乗り物」と言うのが常識だったけど、最近はこんな便利なものが割と手頃な値段で手に入るので、必ずしも「孤独な乗り物」とは言えなくなっている。


#もちろん、無線で会話しながらのライディングはそれなりに楽しめるんですがね。#

で、「孤独な乗り物」を実体験するためには結局はソロツーリングしかない、と言うことで、久しぶりの城跡巡りツーリング。
行き先は栃木県佐野市にある唐沢山城。





関東平野の北西端にある山城で、平将門を討った藤原秀郷の築城と言われているからその歴史は平安時代にまで遡る。
秀郷の子孫としてこの城を守って来た佐野氏は、戦国期、北条と上杉に挟まれながらもなんとか命脈を保って、豊臣の時代に佐野了伯により修築されたのが今も残る城跡となっている。





関東平野を一望出来るこの城は、徳川家康の時代に幕府により廃城を命じられる。
時の城主、佐野信吉が江戸の火災を城から目撃して一早く江戸城に見舞いに馳せ参じたところ、江戸城を見下ろして、しかも勝手に城を空けた事を咎められての廃城とされているが、幕府にすれば江戸を直接監視出来る場所に外様大名の城があることが不都合だったのだろうとも言われている。







#確かに関東平野を一望出来る絶景ポイントです#





その後、信吉は平地に城を築くが、その途中で大久保長安事件に連座して改易されてしまう。
徳川に御世辞使って点数稼ぎのつもりの火事見舞いが裏目に出て城を廃されたり、挙句は徳川家家臣の権力争いに巻き込まれて大名の身分まで失くしたりと、なんだか散々な運命ですね。


ところで、佐野と言えば厄除け大師とラーメンが有名ですが、今回は割愛します。行列が出来る名店にも並ばなかったしお参りもしなかったので。σ(^_^;)

そのかわり、最近この辺りで話題のスポットとして東北道上り、羽生パーキングに寄ってきました。その名も「鬼平江戸処」。








羽生は「鬼平」にどんな関わりがあるのか知らないけど、帰り道なので寄ってみました。

江戸の街並みを再現したという売店。

うーむっ、、、
一度来ればまぁいいか、って感じです。

「軍鶏鍋の五鉄」には入ってみたかったんですがね。

、、、とまあ、特に何のオチもまとめも無く、ソロツーリングの報告でした。m(_ _)m

2014年9月 3日 (水)

未だ冷めやらず

もう9月になっちゃいましたが、北海道ツーリングの熱は未だ冷めませんσ^_^;

瞼を閉じれば浮かんで来るのは北海道で出会った風景。



健さんと黄色いハンカチだったり




秘境の駅だったり





もちろん北海道ならではの真っ直ぐな道と雄大な風景も





「もう二度と戻って来るなよ」とか言われそうな場所だったり。

でも来年も、きっと^_^
と心に誓う夏の終わりです。



2014年8月23日 (土)

感謝いっぱいの1200㎞

今回の走行距離は、自宅と大洗フェリー乗り場の往復込みで、だいたい1200㎞。

細かな点は違うけど、北海道でのルートはこんな感じ。












苫小牧から斜め上に横断した感じです。

道に迷うことも無く事故も無く、しかも切符を切られることも無く、本当に快適にツーリング出来たのは、同行してくれたMT君のおかげです。本当にありがとうございました。m(__)m




また、35年ぶりの訪問にもかかわらず暖かく歓待してくれた北海道の親戚の皆さんには、感謝の気持ちで一杯です。

遭遇したもの

「熊に注意」とか「鹿に注意」の標識は北海道特有のものだけど、ツーリング中、幸か不幸か野生動物には全く遭遇しなかった。
こんなのは見かけたけど。






夕張の宣伝係、"きもゆるキャラ"の「メロン熊」。グッズは夕張の物産店でしか手に入らない。

北海道のあちこちで遭遇するのは外国人観光客。中でも特に目に付くのは中国人。






美瑛の丘の「ケンとメリーの木」や「セブンスターの木」なんか日本人でも分かる人はそう多くは無いのに、彼の国の人達はこれを見て果たしてどんな興味が湧くのだろうか。







日本人の観光客にはあまり馴染みの無い能取岬だが、ここにも中国人の団体がバスでやって来た。何でも中国で人気のドラマの撮影ロケ地になったという。

夏が短い北海道にも海水浴場はある。常呂海水浴場から臨める海はオホーツク海。ここにはロシア人が来ていた。




世界に認められた北海道。
北海道ネタのブログ、もう少し続きます(^o^)/

2014年8月22日 (金)

スッキリ、スマートがいい

旅はスッキリ、スマートに行きたい。
一週間も旅に出るには何かと準備が必要。主に行程と持ち物に関わること。今回の北海道ツーリングのルートは、同行してくれるMT君にほぼお任せなだったので、僕の準備と言えば主に持ち物に関するもの。
着替を始め、一週間分の荷物をいかに最小限に抑えてコンパクトにまとめるかに腐心した。
旅の期間が長くなるほどこれは大事。特にバイクの積載量は限られてるし、積めるからと言って闇雲に括り付ければいいわけではない。走行中のバランスや荷崩れの事も考えなきゃならない。
しかも、ある種の荷物はすぐに取り出せるような工夫も必要。
雨天時のレインウエア一式とか、フェリーの船室に持ち込む手荷物一式とか。
レインウエア一式はカッパ上下だけじゃなく雨天用のグローブとブーツカバーも含むので、これが結構かさ張る。だけど、雨が降り出したら出来るだけ迅速にこれらのものを身に付けたい。カッパを探して荷物をガサゴソやってたら他の物まで濡れちゃう。
カーフェリーは出航すると、目的地に到着して下船指示が出るまでは車両のフロアが立ち入り禁止になるので、貴重品だけじゃなく客室で使う着替えやタオルも別のバッグに分けておくと便利だ。乗船後、バイクの荷ほどきをしてガサガサやるのもカッコ悪いしね。
そんなこんなを考えながら荷造りしたものの、何だかスッキリまとまらなかった。



ツーリング同行者のMT君は日本全国をバイクで巡ってる旅の大ベテラン。
ただの「ベテラン」ではない。城、桜、秘湯、巨木等々、国内のマニアックなスポットをほとんど制覇したツーリングライダーキャリアには、やはり「大」を付けずにはいられない。
そんな彼の荷物はさすがと言うべきで、キャンプ用品まで持参してるにも関わらず、かなりスッキリまとまってる。



彼の荷物と比べると僕の荷物はいかにも旅の素人感が否めない。
こんなところにも、旅は経験の差が
出る。次回は彼を見習って、スッキリ、スマートに行きたい。
ん?次っていつだ?

2014年8月21日 (木)

今年こそはと

とうとう行って来ました。



ライダーの別天地、夏の北海道(^O^)/
北海道の道は、広くどこまでも真っ直ぐ(^O^)/




北海道走るライダーは、異次元のテンションで、すれ違うライダー全員がピースサイン(^O^)v(^O^)v(^O^)v



北海道の距離感は、「すぐ近く」がだいたい20km(^O^)



でっかいどー、北海道\(^o^)/
余韻のブログがしばらく続きます_φ(・_・

2014年4月24日 (木)

未知の駅

その昔、コンビニやファミレスが普及する以前のドライブの立ち寄り先と言えば"ドライブ・イン"だった。
駐車場付きの食堂兼お土産屋さん。地元の人の経営によるもので、地方色が豊な趣きにとても旅情をそそられるものだった。

それがコンビニやファミレスに取って代わられたのは1980年代以降のこと。全国展開するこれらの店はどの地方へ行っても同じサービスを同じ価格で受けることが出来て、旅の不安を無くすものではあるけど、地方の街並みの風景を何処へ行っても変わらないものに変えてしまって、旅を味気ないものした感が否めない。
1993年から全国に設置されるようになった"道の駅"は、画一化された旅先の風景に再び各地の情緒を取り戻してくれている。

今では全国に1000を超える道の駅があるという。



行って見たい道の駅を探して見た。
まずは、千葉県の「ちくら・潮風王国」。
ここは以前から自慢の鮑を食べに行きたいと思ってたところ。

ネーミングに惹かれたのが石川県の「一向一揆の里」。時の権力と闘った民草の誇りを感じる名前に惹かれる。

それから今年敢行予定の北海道ツーリングでは、夕張の道の駅には是非立ち寄りたい。見ると必ず泣いてしまう映画「幸福の黄色いハンカチ」の舞台となった街だから。

他にも気になるところはたくさんある。
その数、1000を超える道の駅。まさに未知の駅。



2014年4月16日 (水)

決めた

決めた

久しぶりのブログ更新で宣言。

今年は絶対に北海道ツーリングを敢行する。

日程は8月9日から1週間ほど。

同行してくれる人も決めて約束したし

既に二回も打合せ(飲み会も含む)したにし。

ツーリングマップルも買ったし。

Mapple

ゆっくりだけど、着々と準備を進めてる。

ところでツーリングで一番気になる天候だけど、ラジオの気象予報士の話では今年はエルニーニョ現象が観測されて5年振りに冷夏になる予想だとか。

そんな事も折り込んで準備を進めよう。

2013年6月 9日 (日)

安曇野一泊ツーリング

5月の最終週末、長野県安曇野に一泊でツーリングに行ってきました。

旅の目的は、中学時代の友人のK君が開催すると言う写真展を見に行くこと。

会場となったのは安曇野にあるユースホステル。K君とは30年来の付き合いだという。

50052525005257ユースホステルからは北アルプスの山々が望める。


かつてお金をかけずに旅をする若者達にとって頼もしい味方だったユースホステル。僕も若い頃何度かお世話になったことがあるが、今ではその数も減って、残ってること自体素晴らしい。
今時のユースホステルは、部屋にテレビもあったりして普通の宿に近い。

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写真展の方は、若い頃から山と鉄道と写真が趣味だった友人が、撮り溜めた写真を声楽家の美しい歌声に乗せてスライド上映するという、おしゃれなイベント。流行の言葉で言えば写真と歌声の『コラボレーション』。5005253_25005258_2







集まったのは彼の人柄に惹かれて友達になった人たち。食後の“ミーティング”での交流は夜遅くまで続いた。

翌日立ち寄った大王山葵農場。山葵田の広さは東京ドーム11個分。

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農場内を流れる清流と水車小屋は、黒澤明の遺作となった映画『夢』のラストシーンで使われた美しい風景。

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級友との旧交を温めることも出来たし、心配された天気も終始好天に恵まれて、久しぶりのお泊まりツーリングとしては上出来でした。

そうそう、安曇野の近くには松本城があるので、そこも当然立ち寄ってきました。

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2013年5月30日 (木)

伊奈神社詣でツーリング

前回のブログは実は4月のことでしたが、5月は2週続けてツーリングに出かける事が出来て、ちょっとご機嫌です。

連休後の平日に出かけたのは御殿場インターからほど近い、神社です。

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昨年読んだ小説「怒る富士」の主役、伊那半左衛門ゆかりの地、静岡県須走にある伊那神社。

何事もすぐ感化され易い質で、ずっと行って見たかったんですが、やっと実現してとても満足です。Ina2

この日は平日で観光地でも人はまばらで、伊那神社にも人影は無く静かにお参り出来ました。Ina3

宝永の大噴火による火山灰で甚大な被害を受けたこの地方。
復興不可能な“亡所”として領主の大名や幕府からも見捨てられて、飢餓に苦しむ領民のために、規則で処罰されることをを覚悟で幕府米倉からお救い米を供出するという、言わば命がけの行動で救った、時の関東郡代、伊奈半左衛門。

凛々しく遠くを見つめる銅像に、地元の人々の関東郡代伊奈半左衛門公へ寄せる思いの強さを感じました。

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山中湖畔から眺める富士山。

いつまでも静かで美しい富士山で在って欲しいモノです。

帰りに立ち寄った海老名サービスエリアには何故かセルフサービスのおでんコーナーが。

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おでんと言うと、どうしてもアルコールとの組み合わせを連想してしまって場所柄ミスマッチな気がするんですが、でもついつい食べてしまいました。Ina6

美味かったですよ、玉子もよく味がしみていて。

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