ツーリング

2009年10月21日 (水)

マスかソロか

昨日、今日と秋らしくてさわやかな気候が続いている。

日の当たらないオフィスにこもって数字とにらめっこしているのが馬鹿らしくなるくらい。

つい10日ほど前にツーリング行って来たばかりなのに、また出かけたくなる。帰宅後はあんなに「しばらくもうバイクはいいや」って思ったのに。

学生時代は、こんな時、バイトも学校もサークルもさぼって時々バイクで一人走りに行ったもんだ。

バイク乗りの性格は基本的にわがままなんだと思う。どんなに仲のいいツーリング仲間でも、3日も一緒に走っていると、必ずつまらないことで諍いを起こすと言う話をよく聞く。

バイクは基本的に一人で乗る物。並んで走っていてもその単車をどんな風に走らせるかは自分の技量次第。いくら仲間でも頼るわけには行かない。転ぶリスクは自分一人で背負わないとならない。

それだけバイクは独立性の強い乗り物なんだと思う。

だから、グループでのツーリング(マスツーリングなんて言い方をする)もたまには良いけど、やっぱり一人で走ること(ソロツーリング)も必要。

マスツーリングの賑やかさ、安心感も悪くはないけど、ソロツーリングの寂寥感や気楽さも捨てがたい。

今日、帰宅途中の電車で、そんなことを考えさせるシーンに遭遇した。

そう、グループ行動もいいけど、時には人間一人で行動しなきゃって、思う人たちを見かけたんです。それはお揃いのボタンダウンシャツに黒いズボンを履いたどこかの大学の体育会系の学生諸君7,8名。

何故か僕が乗り込もうとしたドアのところに固まって立っている。車内はすいてはいなかったけどそこにそんな風にして固まっている必要もないはず。しかもみんなでかい!!

その場所だけものすごく窮屈。で、その場所の向こうの座席の方に行くと、ちゃんと吊革につかまって立っていられるスペースが空いていたので、スリムな僕はその局所的ラッシュをすり抜けてそちらに移動。

僕の後から乗ってきた人はその体育会系の壁に阻まれて身動き撮れない状況になっていてちょっと気の毒だった。

やがて僕が乗車してから2つ目の駅につくと、その体育会系の壁は一斉に降りていく。しかもまた固まりながら。

生き物の世界では小さくて弱い物は群を作って身を守るけど、彼らは決して小さくもないし弱そうでもなかった。むしろ相当ごっつくて、いかつい男子ばかりだった。

君たちならソロで行けるよ、どこ行くにも。

2009年10月14日 (水)

771キロ

10月11日、新和倶楽部御一行の宿泊先は、蔵王町、遠刈田温泉のペンションそらまめ。

091012_0741041s 091012_0739331

前日僕が一人で泊まったビジネス旅館とは打って変わって、源泉かけ流しの温泉と、オーナーの奥さん手作りのパンが売りと言う、グルメと温泉の両方を満喫できて、しかも部屋も清潔感溢れるおしゃれな宿だ。

「蔵王 ペンション そらまめ」で検索するとホームページも見られるので、興味のある方はお奨めです。冬はきっとスキー客で賑わうことでしょう。

ペンションの夕食にも出てきてちょっと珍しかったのが「温麺」。「うーめん」と読む。短くした冷や麦のようだが、小麦粉の生地を練るときに油を使わずに塩と水だけで練るのが特徴らしい。茹でるとこの一束で結構お腹一杯になる。Imgp1374s

食べ方は工夫次第で色々あるらしい。

翌日も好天に恵まれ、ツーリング日和の中、渋滞を避けるべく早めに帰路に着く。

東北道沿いには日光という秋の観光スポットの代表格が控えている。日光からの帰りの車が合流するのが宇都宮。混み始める前にそこを通過したいと言うことで、おみやげタイムもそこそこに高速に乗る。

で、帰りは国見、上河内、蓮田のサービスエリアで給油&トイレ休憩を取っただけで、昼食も抜きでひたすら東京を目指す。白石から東北道終点の川口まで約300キロの道のり。巡航速度は平均120キロ。所要時間約4時間弱。091012_1148481s

正直きつかった、風圧が。

ナナハンに着いているスクリーン、役に立たない訳じゃないけど、やっぱり高速ツーリングはフルカウルモデルが羨ましい。

フルカウルモデル乗ったこと無いから、僕のスクリーンと風防効果でどれほど差があるのかわからないけど。それともフルカウルモデルでも、あれくらいの風圧には耐えて乗ってるんだろうか。

ところで、今回のツーリング中、“ヒヤリハット”が2回ほどあった。しかも高速で。

1回目は郡山を過ぎた辺りで追い越し車線を走っている時。流れに合わせてエンブレを効かせるためギアを5速と4速の間を上げたり下げたりして走っていると、突然ギア抜けして回転数が8千まで上がった。

出ている速度は130キロcoldsweats02

時速130キロで自転車状態!!一瞬どうしたらいいか迷ったが、クラッチを握ってギアをかき上げて事なきを得た。慌ててギアを踏み込んだらどうなっただろう。

2回目の“ヒヤリハット”は東北道からそれて外環への合流地点でのこと。右側のミラーで後方に車がいないことを確認して本線へ入ろうとしたけど、念のため目視もしておこう、と一瞬考えて頭を右側に捻ると、なんと僕の真横に白いベンツがΣ(゚д゚lll)アブナッ !

慌ててやり過ごして無事本線合流。。。

目視を怠っていたら今頃こうしてブログは書いてないでしょう。考えただけでもぞっとする(´Д`;≡;´Д`)アワアワ

思えば僕ももうアラウンドフィフティ。目だって見えなくなってくるし、身体の動きも鈍くなってくる。

サービスエリアで見かけたバイク乗りはほとんど中年以上だったが、僕だってもう立派な中高年。気を付けないと行けませんなぁ、お互い。

今回のツーリングでの走行距離は771キロ!!ツーリングでこんなに走ったのは初めて。

で、思い出に残ったのは、黒崎旅館とBT020とヒヤリハット。我ながら無事でよかった。smile

2009年10月13日 (火)

白石城と蔵王エコーライン

大谷PAで待ち合わせした僕と「にし」さんは、新和倶楽部のみんなを追いかける格好となり、東北道をひたすら走り続けて、福島県と宮城県の県境に位置する国見SAでようやく合流することが出来た。

蔵王と言えばスキー場を真っ先に思い浮かべるが、紅葉狩りのこの季節ににぎわう観光スポットが「お釜」。Okama

エメラルド色の珍しいカルデラ湖までのワインディング、エコーラインは、休日渋滞必至の人気スポット。

午前中は山の上は霧が出てる情報を得て、とりあえず最近の歴史ブームで人気上昇中の白石城へ向かう。これはどうやら僕への配慮と言うこともあるらしい。お気遣い、かたじけなく。

091011_1100171s 091011_1059561s 折角なので白石城について調べたことをちょっとだけ。

この城の起源は古く平安末期にさかのぼると言われる。

戦国期は伊達領だったこの地を、秀吉が没収し豊臣家家臣の蒲生氏郷に与えた。その後越後から会津へ移封された上杉家の配下となったこの城は、甘粕清永の居城となるも関ヶ原の役では伊達政宗に攻略され、その戦いに功のあった片倉小十郎景綱に与えられることになり、幕末まで片倉氏が城主を勤めた。

片倉小十郎景綱は、小田原参陣に対して意見が割れた伊達家中をまとめて、伊達家を救った人物として有名。

白石城を午前中に見終えると、山の天気が回復したようなので「お釜」を目指すことになった。

ところがこれが大誤算。遠刈田の温泉街に近づいた辺りから交通量が増え始め、エコーラインに入って10分ほど上るとそこから上まで大渋滞。091011_1330361s

山の上は天気は晴れていたけど、風が冷たく、じっとしていても寒かった。おまけにこの渋滞。いやぁ、しんどかったけど、まぁこういうこともある。

山の日暮れは早く、みんな疲労困憊していたので、下りの安全を考慮して途中で引き返すことにしたけど、正解だと思う。勇気ある撤退。

幸い、そこから今日の宿がある遠刈田温泉までの下り道は、渋滞もなくスムースな流れ。でも苦手な下りのワインディング。「いやだなー」と思いながらも交換間もないタイヤを信じて思い切って乗ってみた。

すると、どうだろう!!

「おぉお、バイクを傾けても怖くない!!」

今までとは全く違う感覚で下りコーナーを楽にクリアすることが出来る!!バイクを少し倒してもタイヤがちゃんと路面をつかんでいる感じ。

古いタイヤの時には、いつタイヤが滑り出すか不安で仕方なかったが、このバトラックスBT020ではそんな心配が全くいらない。Bt020

いやぁ、本当に換えてよかったheart01

それにしてもタイヤでこんなに乗り心地が変わるなんて、本当にオートバイは奥が深い。

もう1回だけ、つづく

2009年10月12日 (月)

一皮剥けたツーリング

恒例の、秋の新和倶楽部ツーリングに行ってきました。

去年に引き続き行き先は東北。今回は去年より足を伸ばして宮城蔵王。

例によって早起きが苦手な僕は、新品のタイヤの“皮剥き”も兼ねて、前日に途中地点まで前乗り。

宿泊地は宇都宮。自宅から宇都宮まで100キロ。新品タイヤの皮剥きには丁度よい距離。

宇都宮と言えば宇都宮城がある。午後の出発だけど、高速を使って順調にいけば約2時間の行程。日が暮れる前にたどり着ければ城跡を見ることが出来るつもりで、折良く雨が上がった地元を出発。

ところが埼玉県を通過し栃木県内に入ると急に雨が降り出す。

近場のパーキングエリアもないので、ちょっと危ないけど路側帯に寄せてあわててレインウェアと雨用のグローブを着用。

バイク乗りのジンクスに「合羽を着ると雨が止む」と言うのがあるが、全くその通りになった。catface

走り出すとすぐの路肩に、同じようにレインウェアを着ようとしているライダーを発見。

左車線でスピードを落としてそのライダーの方を見ながらピースサインを送る。

すると向こうも僕に気づいて、手を振る。

「(やぁ、良い旅を!)」「(あぁ、そっちも気を付けて!)」

いろいろな思いを込めてピースサインの一振りを送り合う。いやぁ、男のロマンだなぁ、バイクでの旅は。

そんなことを考えながら東北道を鹿沼インターで降り、「オートバイマップル」を見ながら宇都宮城を目指すが、日も傾き始めテンション下がり気味。

しかも場所についてもよく調べていかなかったのでうまくたどり着けず、宇都宮城は割愛weep

ただし泊まった旅館が実に風情があって、旅情をかき立ててくれた。

その名も「黒崎旅館」。091010_1647301s

素泊まりで一泊3,990円也。

宇都宮の中心部からややはずれた住宅街にある昔ながらの旅館の番をしているのはおばちゃん一人だけ。

まるで、寅さんが定宿にしていたようなたたずまい。

宿泊客は僕の他に、男性客が一人だけ。

おばちゃんの話によると、富山の薬売りに人もここを定宿にしているらしい。

ますます寅さんの世界だ。

昭和の雰囲気と、寅さんのような一人旅の寂しさを味わいたい人にはお勧め。ただし、グルメを満足させるような料理や、温泉などは一切無いのでご承知置きを。

タイヤの皮剥きも無事終わって、翌日は新和倶楽部の皆さん、そしてこのブログにも時々コメントをくれる「にし」さんと合流して一路宮城蔵王へ。

(次回へつづく)

2009年9月24日 (木)

城跡に何を見るか

実は、連休中、埼玉の親戚宅を訪問した際に、二カ所の城跡に立ち寄った。そこは両方とも本当に「跡」しか無かった。

よくよく見ると遺構があるんだろうけど、看板がないとそこに城があったのかどうかなんて素人にはきっと解らない。

素人じゃない人って誰なんだ、と言うと、きっと郷土史家とか考古学研究の学者とかなら、ある地形を見ると、「これは掘りの跡じゃないか」なんてぴんとくるのかも知れないけど。

Imgp1352s

Imgp1357s ちなみに城跡は桶川の三ツ木城と北本の石戸城の跡。

三ツ木城の方は築城年数も城の主も諸説あってその歴史はよく解ってないらしい。

石戸城の方は室町時代後期から、戦国中期くらいまで、関東における北条VS上杉の戦いの舞台となったらしい。

こんな何も無い、ただの丘や雑木林でしかない城跡を見て何が面白いのか、と自分でも改めて考えてみる。

以前にも書いたかも知れないが(最近、記憶力の衰えを感じる)、僕は城の建築や構造にはそれほど興味がない。

確かに、大阪城なんかの石垣の石はどこから運んできて、どうやって積み上げたか、なんて考えると大変なことなんだろうとは思う。

そう言えばあのエジプトのピラミッドの建築方法について発表された新たな説を取り上げたNHKの番組は、どきどきして見てた。

けれど僕は、そう言う昔の人の技術の高さもさることながら、そこで繰り広げられた色々な人間同士のドラマの方に興味がある。

何故、その戦いが起きたのか、何故そう言う人たちが力を持つようになったのか、何故人々はそれを支持したのか、等々。

今はただの丘や雑木林になってしまった場所に立って、例えばそこが、最近読んだ時代小説の舞台だったりしたらそれはそれで最高だけど、そうじゃなくても、そうしたことに思いを馳せるのが好き。

最近、「島津義久」と言う小説(桐野作人 著 PHP文庫)を読んだ。島津と言えば当然、九州は薩摩の大名。

九州の城跡は行ったことがない。阿蘇は北海道に次ぐバイカーの聖地とも聞く。是非、一度ナナハンで訪れてみたい土地の一つだ。

2009年8月16日 (日)

夢の続き

夢の続きを見に、軽井沢まで、1泊2日ツーリングに行ってきました。

先週、子供達とキャンプに行った場所。

そこでは今度はもう少し年上の少年達が、本格的なキャンプを開催していて、実に楽しそうでした。

Imgp1304s 彼らとは今まで様々なイベントを一緒に参加して、その成長する様子を時々見てきましたが、自分たちの力で悩んで、考えて、そしてそれを楽しんでいる彼らを見るのは初めてでした。Imgp1291s

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Imgp1309s ここは彼らにとってまさにキャンプの楽園です。

こんなこと、考えたことも無かったけれど、この夢の楽園、彼らの後に続く少年達にも残していきたいものです。Imgp1313ss

2009年7月14日 (火)

長梅雨と思いきや

平年より6日早く、今日梅雨明け宣言。去年よりも確かに随分早い。

今年はエルニーニョが発生していると聞いたので、長梅雨で冷夏かと予想していたんですが、意外とあっさりと梅雨明け宣言。

折角なので、仕事をそこそこに諦めて、早々に済ませてちょっとひとっ走りしてきました、川を渡った隣のS県の実家まで。

距離にして往復50キロほど。別にどうと言うこともない距離ですが、それでもKY(危険予知)の能力をフルに発揮させて走ります。

跨っているのは、55馬力のナナハンですから。大型バイクの中では平凡な数値だけど、普通の車をあっという間に置き去りにするくらいの加速性能は持ってる。けど、乗り手がその性能についていけてないから、余計KYが必要。

中速で車の流れにあわせて走っている脇を、セローがびゅーんとすり抜けて追い越していっても、焦ってはいけない。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と受け流すようでなければ、KYを実践しているとは言えない。

「ん?『鴻鵠の志』ってなんだ?世界制覇か?天下統一か?」

いやいや、僕の場合は「無事是名馬也」ですな。

ああ、そろそろツーリング、行きたいなぁ。

2009年6月28日 (日)

ホンダコレクションホール

見に行きたいと言ってから一年、ようやく訪れることが出来ました。

TWIN RINGモテギにあるホンダコレクションホール。

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神社仏閣スタイルをこの目で間近に見ることが出来て、ちょっと感動。

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Imgp1239s アルミの艶消しがシックな感じでいいですね。

今走っていても、お洒落だと思う。

Imgp1242s もちろん、元祖ナナハンも鎮座してます。

Imgp1252s F1が展示されているコーナーでの女の子の一言でつい写真を撮っちゃいました。

「ねぇ、お父さん、これ口に口紅ぬってるよ!」

Imgp1251s 僕の中で天才ライダーと言えばこの人、フレディ・スペンサー。

ヤマハ党だったあの頃、憎らしいくらい速かった(雑誌でしか見たこと無いけど)

帰りは雨に降られちゃいましたけどImgp1259s

Imgp1260s 珍しいバイクをたくさん見られたツーリングでした。

お付き合いいただいたUさん、Aさん、お疲れさまでした。Imgp1225s

2009年5月12日 (火)

ツーリングのお土産

バイクは荷物を積むスペースが無いので、ツーリング先でのお土産選びはいつも悩みの種です。

もともとあまり旅行へ行った先でお土産を買うことに興味はない方なんですが、ツーリングの場合は「家族を置き去りにして一人で楽しい思いをしている」と言う後ろめたさが若干伴うので、何かしら買い物をすることになります。

で、お手軽なのが、キャラクターものの携帯ストラップ。「ドラえもん」や「マリモッコリ」、「カトちゃん」は各地のお土産店で扱っていて、またデザインに地方色が盛り込まれていて、今やお土産のスタンダードとなっています。

先日の清里ツーリングで見かけたのが「ゲゲゲの武将」です。Imgp1147s

これが「ゲゲゲの上杉謙信」

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これが「ゲゲゲの武田信玄」

他に今年話題の「ゲゲゲの直江兼続」もありました。

戦国ブームもここまで来たか、の感があります。

「歴女」と言う言葉も生まれるほど、女性の戦国歴史ファンが増えたそうで、この連休の各地の「城」が例年以上に賑わったという話しも聞きます。それもこれもツマブキ君のお陰のようですが、あの前髪は納得がいかない、と感じるのはおじさんだけでしょうか。

2009年5月 7日 (木)

清里~ビーナスラインツーリング その2

今回のツーリングは何かとハプニングに遭遇しました。
初っぱなはリーダーYさんの愛車のエンジントラブル。4気筒の内1気筒が動かなくなってしまったようです。ところが、ビーナスラインの帰りに親切な「CB乗り」のライダーが通りかかって、予備に持っていたプラグを譲ってくれる(当然有償)と言う嬉しいハプニングにも出会いました。世の中捨てたモノじゃありませんね。Imgp1139sj happy01

美ヶ原高原美術館の駐車場で。時間の都合上、美術館見学は割愛coldsweats01

Imgp1142s またもやピンぼけ写真ですが、この辺りにはまだ雪が残っています。

さて、二つ目のハプニングは、泊まった宿でのこと。

清泉寮と言う施設のバンガローに珍しい薪ストーブがあったのでふたを開けてみたとたん、「ぶーん”」と言う羽音と共にスズメバチが飛びだしてきました!!!果敢にもK君がヘルメットグローブに身を包み、持参していた潤滑スプレーを殺虫剤代わりにして見事に退治っ!偉い!!!shineImgp1134s

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スズメバチ退治の後、薪ストーブに火を付けるM君。

三つ目のハプニングは、目の前でライダーの転倒を目撃したというものです。ビーナスラインの下り、ハーレーのBigTwinがコーナーリングの最中に滑って転倒してました。幸いライダーには怪我はなさそうだし、バイクの損傷も大したことなさそうで、それに他に連れの人がいたようなのでそのまま素通りしましたが、その後の走りは必然的に慎重になりました。下りのコーナーリング、もう少し上手になりたいモノです。

今回の走行距離、意外と走って605キロ!!帰路はやっぱり渋滞に巻き込まれましたが、雨にも降られず、“お腹一杯”ワインディングを堪能したツーリングでした。

最後になりましたが、CBR1000で参加のKK君(力もち君)、エリミネーターで参加のNさん、GSRで参加のFさん、CB750Fで参加のSさん、ご家族で車で参加のSGさん、新和倶楽部会長と奥さん、車で参加のMさん、お疲れさま、そしてありがとうございました。次回、また皆さんにお会いできるのを楽しみにしてます。note

2009年5月 6日 (水)

清里~ビーナスラインツーリング

甲斐の国の城跡ツーリングの翌日、新和倶楽部の皆さんとは朝8時に中央高速、双葉サービスエリアで合流です。Imgp1114s

Imgp1112sj 先週まではなんともなかったCB900Fが、今朝になって急にへそを曲げて1発動かなくなって整備するリーダーのYさん。最後までなんとかもってよかったですね。

Imgp1116sj 朝っぱらからソフトクリームを食べてるのはK君(VFR800)とカズさん(ステップワゴンで参加)。

Imgp1117s CB1300にチャリンコのベルを装着してご満悦のM君。

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Imgp1119s K君のVFRはいつ見てもぴかぴかに磨いてある。「手の入りづらいところなんかどうやって磨くの?」と聞いてみると

「無理矢理つっこんで磨くんですよ」

「。。。。」要は気合い入れて磨け、と言うことのようです。coldsweats01

Imgp1123s JR最高標高地点野辺山駅にて

Imgp1122s_2 向こうに見えるのは八ヶ岳。

Imgp1128s せっかくみんないい笑顔なのに、ピンぼけになってしまいました。weep

山の上だから当然気温は低かったけれど、この日は好天に恵まれました。

2009年5月 5日 (火)

久しぶりの城跡巡りツーリング

日頃からナナハンについて何かとお世話になっている新和モーターさん主宰のツーリングですが、今年の春の連休(5月3日、4日)には清里、八ヶ岳方面へ行くという計画が、半年前から決まってました。
清里は山梨県。山梨県と言えば武田信玄です。今回のツーリングに便乗して、久しぶりに城跡巡りのツーリングを決行しました。
ツーリングは3日からでしたが、僕は前日に甲府入りして城跡巡りをして、翌日に倶楽部の皆さんと合流することにしました。

連休で渋滞が予想されましたが、バイクの一人旅。焦らずに朝7時半に出発。Imgp1080s
竹橋から首都高に乗ると、思いの外空いていて、9時前には石川PAに到着。
「これはラッキー♪、このまま渋滞なしで行けるかな~」と思っていたら、そうそう上手くは行きません。「国立府中から渋滞15キロ」の表示が。
「あ~あ。でもこちとら単車だ、『すり抜け』という必殺技があるぜ」

と言うことで、10時には大月インターを降りて、最初の目的地、岩殿山に到着。

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岩殿山城は、武田家重臣小山田氏の居城です。天正10年 3月、織田徳川連合軍に追いつめられた武田勝頼は、巨大な岩山を利用した天然の要害である岩殿城を目指して退却しますが、途中の笹子峠でこの城の主である小山田信茂に裏切られ、天目山で自刃することになります。
城は、このそびえ立つ岩の上にあり、追いつめられた勝頼が最後にここを頼った気持ちも分かります。Imgp1081s

しかし、結果的にはこの城への退避を勧めた小山田信茂の謀反で滅びてしまったことは、父信玄の名言を思い起こさずにはいられません。曰く

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵也」

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「富士山の眺めが日本一」とうたってあるだけあって、空気が澄んでいればきっと素晴らしい眺めだったことでしょう。

岩殿山で小一時間過ごした後は、甲州街道を通って甲府を目指します。笹子トンネルを抜けた先にある「甲斐大和道の駅」で昼食をとり、少し行くと、「景徳院入口」の案内表示が。
「ん!?、どこかで聞いたことのある寺だな、まっ、時間も早いし、ちょっと寄ってみるか」

国道20号を右折して5分ほど行ったところに景徳院はありました。そこは徳川家康が建立した武田勝頼の菩提寺です。Imgp1093s

武田勝頼が最後に頼った城の後に偶然立ち寄った寺が、その菩提寺だったなんて、ちょっと一人で感動してしまいました。Imgp1096s

また、その境内では武田勝頼公供養のために、参拝者にお経の一文字を石に書いて、お布施と共に納めてもらうと言う行事をやっていて、つい協力してしまいました。これを「経石納経」と言うらしいです。

一人、感慨に浸りながらお寺をあとにして、再び20号を甲府へ。今日、最後の目的地、武田神社を目指します。Imgp1106s

Imgp1102s 1519年、武田信虎は、石和の地から本拠地を移し、この躑躅ヶ崎館を建設すると共に周囲には家臣団の屋敷や城下町も整備しました。以後、信玄、勝頼の三代に亘り武田の本拠地となりますが、勝頼の代に居城を韮崎の新府城に移す際、この館は破却されます。

今では武田神社として山梨の一大観光地になっています。Imgp1104s

大河ドラマ「風林火山」の年には相当な人出だったようです。

2009年3月 7日 (土)

忙中閑有り

今年の繁忙期は本当に忙しいwobbly

仕事があるのは有り難いことではあります。が、「仕事が生き甲斐」と言えるほどの域には気持ちが達していないので、好きなことから長い時間離れると、息が詰まりそうになります。

本当は今日も終日仕事のつもりだったんですが、久々に青空を見られる土曜日だったので我慢できずにバイクを走らせました。

埼玉県の南部の、とある国道沿いの道の駅で見かけた「寒桜」です。Imgp0916s

できればあと3日で、繁忙期を乗り切りたいなぁー。無理かなぁ、今年は。

でも、愛する家族のためだからなぁ。もう一踏ん張りだなぁ。Imgp0914s

2008年11月30日 (日)

北総史跡ツーリング、その2

去年の秋のブログで「またの機会に」と記しておいた佐原と香取神宮に行って来ました。

ルートは去年の北総ツーリングと同様、国道464を東へ向かい成田市内から国道51号を北上するコースです。Imgp0800s_2  Imgp0817s

時代小説や時代劇に付き物のチャンバラには「○○流」と言う流派がいくつも出てきます。「柳生新陰流」、「北辰一刀流」、「二天一流」なんかが有名で、それらを開いたとされる剣豪達も主人公になっていたりします。

今回行ってきた香取神宮は、数ある日本の剣術の流派の源流が誕生した地として有名です。流派の名は「天真正伝香取神道流」。流派の開祖、飯笹長威斎(いいざさちょういさい)は、1387年、飯笹村(現在の多古町)に生まれ、千葉家の武将として戦功を挙げましたが、主家の滅亡と共に下野します。60歳の頃、武神、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を祭る香取神宮にこもり神託を授かり、この流派を興したと伝えられています。

新陰流の開祖、上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)や鹿島新当流の塚原卜伝(つかはらぼくでん)も、長威斎の教えを受けたと言われています。

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参道の奥の鳥居をくぐってなだらかな坂を少し上った奥に神社はあります。Imgp0812s

七五三のお参りをしている親子連れも何組かみかけましたが、年末年始を控えた境内は静かです。

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(あ~あ、自分の影が)

香取神宮で剣豪に思いを馳せた後、佐原市内にもどって、下総の小江戸、佐原の町並みをちょっと見学して、陽の高いうちに帰路に着きました。本日の走行距離、166キロ。Sawaras

2008年11月27日 (木)

10月の反動で

11月はほとんどバイクに乗りませんでした。それもちょっと物足りないので、連休中、ちょこっと近所を散歩して気を紛らわせることに。

海の方面を目指してたどり着いたのが稲毛海浜公園。

Imgp0787s Imgp0790s

この時期にしては風もなく穏やかな気候でしたが、公園には人影もまばらで、海岸をみてぼうっとするには絶好の日和でした。

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連凧を揚げている人もいたりして、平和な日本の休日ののどかな一こまですね。

ところで、最近疲れ眼がひどくて、仕事してても何をしててもこめかみや眼の奥が痛むので、とりあえず眼鏡屋で視力検査したら、随分視力が落ちていることが判明。バイクの運転にも影響するくらい悪くなっていました。今年に入ってから時々感じてた原因不明の頭痛もどうやら視力悪化のせいかも。

さらに最近、近くのものが見えづらくなっていて、老眼用のレンズも必要ということで、眼鏡を二つ持ち歩くことにしました。遠近両用にはまだちょっと抵抗があります。

Imgp0799s 赤いフレームの眼鏡なんて、ちょっと派手かな、と思いつつも眼鏡屋に勧められるままに買っちゃいました。せめて気持ちだけは若くありたいと。

2008年10月23日 (木)

会津ツーリングレポート 追記

二日目の記述があまりにも少ないので、ちょっと大内宿について書いておきますね。

Minamiaidu
会津若松から南へ走る会津鉄道の湯の上温泉駅から西北へ5キロほど行ったところに大内宿があります。
この宿場が開かれたのは、17世紀前半、会津藩主が加藤家の時代から保科家の時代へかけてと考えられています。会津と江戸を結ぶ主要路のひとつである西会津街道のこの宿は、当時、廻米を運ぶ重要な中継地でした。廻米とは江戸詰の藩士や藩財政の操作資材として江戸へ送られる米のことで、最盛期には10万俵を越える廻米がこの宿を経由して運ばれ、宿場はその運賃や蔵の使用料で栄えたということです。
その整然たる町並みは現在、国の重要伝統的建造物保存地区に選定されていて、人気の観光スポットになっています。やく500メートルに亘って道の両側に建ち並ぶかやぶき屋根の建物とそこに集う人々の姿は、400年前の宿場の賑わいを彷彿とさせるものがあります。P1010345s_2

土産物屋で見つけました。以前、日記でかいた木綿草履。ここでは1足870円で売られていました。Imgp0707s

2008年10月21日 (火)

10月ツーリング、3発目

10月19日日曜日、春に房総半島ツーリングに行ったときのメンバーで、今度は那須塩原へ、紅葉狩りツーリングに行ってきました。

このメンバーのお約束は「高速は使わない」ルートを走る、です。で、今回は茨城県取手から栃木県へと延びる国道294号を北上するというコース。Nasutumap

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朝8時に守谷のコンビニで待ち合わせ。

筑波山を東に眺めながら、関東平野を南北に貫く平坦な道をひたすら北上。Imgp0752s

途中、下妻の道の駅でトイレ休憩を入れた後は、ひたすら走って、那須塩原を目指します。

3時間、走りっぱなしで、今日の大きな目的地の一つ、塩原の「スープ焼きそば」を食べさせる店、「釜彦食堂」に到着。それほど広くない店内は昼前だというのに既に満席。5分ほど待って入れましたが、食事を済ませて出てくる頃には外に10人ほどの行列が出来てました。

で、早速写真を撮ろうと思ったらなんとデジカメが電池切れweep

この後寄った足湯も「逆さ杉」の写真も携帯のカメラでしか撮れなかったんですが、画質が悪いので割愛します。

Nasumap 紅葉ラインは混雑を覚悟して行ったんですが、思いの外空いていて、また上の方は紅葉も進んでいて、澄んだ秋空の下、快適に走ることが出来ました。

竜王峡での一こま。☆さんとMTさんの後ろ姿です。

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「釜彦食堂」「逆さ杉」「もみじライン」そして最後に竜王峡を見た後、帰路に就きます。秋の日はつるべ落としです。真岡辺りで美しく沈んで行く夕日を横目に、走り続けること1時間半、二宮の道の駅で20分ほど休憩を取って、再び守谷へ戻ったのは日もとっぷり暮れた6時過ぎでした。Imgp0777s

前回のツーリングでは3人交代で先頭を走ったんですが、今回は最初から最後まで、先導をMTさんにお願いしてしまいました。日本各地を走り回ってる実力は伊達じゃありませんね。おかげで一度も道に迷うことなく、「走り」に専念できました。本日の走行距離367キロ!

これで怒濤のツーリング月間が終わりました。どのツーリングも比較的天候に恵まれ、思う存分ナナハンを乗り回しました。今月だけで1200キロ走ってます!積算走行距離も5000キロを超えました。

2008年10月19日 (日)

会津ツーリングwith新和倶楽部2日目

会津ツーリング、二日目は天候にも恵まれ、南会津の観光名所、「大内宿」と「塔のへつり」の2カ所を回って、帰りは最近開通した甲子トンネルを通って帰路に就きました。

泊まった宿から大内宿へは10キロ程度の距離だったんですが、少し早めに出たのが幸いして、渋滞に巻き込まれずに行くことができました。おかげで快適なワインディングを味わうことができました。

あと30分遅れてたら、国道から大内宿まで続く大渋滞に巻き込まれていたかもしれません。まさに「早起きは三文の得」です。

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Imgp0719s P1010362s

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(写真提供 新和倶楽部 Yさん)

♪走り~出したら~何か答えが出るだろうなんて~♪(「男達のメロディ」SHOGUN)

走り出すと決まってこの曲が頭の中で流れ出します。

今回のツーリングの収穫。雨のワインディングを走ることで、コーナーリング技術を改めて学べたこと、1日に300キロ走る自信が身に付いたこと、新しいバイク仲間ができたこと。

2日目の走行距離、310キロ。二日間合計で650キロ。

新和倶楽部の皆さん、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

2008年10月17日 (金)

会津ツーリングwith新和倶楽部(1日目の三)

Imgp0683s 腹ごしらえが済むと、会津の観光スポットを目指すことに。

一行は飯盛山へ向かう組と鶴ヶ城を見学する組に分かれます。僕はもちろん城へ。ブラックバードのS君が付き合ってくれました。

鶴ヶ城は14世紀、芦名氏の居城として建設されてからしばらくは黒川城と呼ばれていました。秀吉麾下の名将、蒲生氏郷がこの地の大名となった際に鶴ヶ城と命名されます。Imgp0693s
今、ある城の建物は昭和40年に再建されたものですが、モデルとなっているのは関ヶ原後、蒲生氏の後に四国松山から転封された加藤嘉明の時代の城です。Imgp0688s

城の南側にある茶室で抹茶を一服。

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Imgp0691s

午後3時、それぞれの観光を終えた一行は宿へ向かいます。宿泊地は南会津郡下郷町、湯之上温泉のペンション、花水館(カスイカン)。
お風呂は源泉かけ流し。Imgp0697s

大型バイクが6台並ぶと、壮観です。P1010322s

P1010324s 夜、夕食前の宴会の様子。

新和倶楽部の会長と奥さんをお連れしての参加は、会長ご子息のKさん。飲まないのにギャグとジョークの連発。happy02いつでも舌好調!でした。

福島県限定のパッケージImgp0699s

P1010326s P1010327s

こうしてツーリングの初日は暮れていくのでした。本日の走行距離、340キロ。

(ようやく1日目の日記が終わった。。。2日目は1回で終わります。)

2008年10月16日 (木)

会津ツーリングwith新和倶楽部(1日目の二)

Imgp0672s Imgp0674s

餃子を食べたり、HONDAのDN-01を駆るおじさんとバイク談義で旅人同士のコミュニケーションがあったのが、2回目の休憩で立ち寄った那須高原サービスエリア。

この後、郡山から磐越自動車道に入った辺りまでは時々明るさも見えた空模様だったんですが、磐梯熱海で降りて、母成グリーンラインへと続く山道にさしかかると、霧雨となり路面も完全ウェットに。

Monarimap
歯がかちかち鳴るほど全身が強張ったのは、低くなった山の気温のせいだけじゃなく、所々落ち濡れた葉が張り付いて滑りそうな路面に緊張しまくっていたせいでした。
実はこのナナハンで雨の中を走るのは初めてで、しかもそれがワインディング!ちょっとでも滑ったらアウト、と言う恐怖感との戦いです。
晴れていればきっと楽しい道なのに、と思いながら、前を行くメンバーのラインをできるだけ真似て必死に着いていくと、雨のワインディングを走るコツのようなものがちょっとだけ分かってきたところで、路面も乾き始めて喜多方へ抜ける平坦な道路になってしまいました。

ラーメンの町、喜多方へは予定通り昼ちょっと前の到着。気のせいかラーメンの臭いが町中に漂っている気がしました。Imgp0678s
市役所の無料駐車場に留めて三々五々、ラーメン屋を探しに散っていきます。
僕たちが入ったお店は市役所の裏手にある「喜多屋」と言う割とこぢんまりしたお店。お奨めはチャーシュー麺。頼んだメニューは味噌チャーシュー麺。Imgp0676s
スープもこくがあって、チャーシューも柔らかくて、まぁまぁ及第点をあげられる味かと。
(まだまだつづく)

2008年10月14日 (火)

会津ツーリングwith新和倶楽部(1日目の一)

10月11日、12日、連休の前半に、新和モーターさんが主催するバイカーのためのクラブ、「新和倶楽部」さんの秋のツーリングに参加してきました。

行き先は会津、喜多方。

早朝、4時半の集合、5時の出発。集合時間を知らされたときは「何もそんなに早くしなくても」と思いましたが、これは連休の渋滞を避けるための賢い選択だと、後で実感しました。Imgp0667s

新和さんの店に着いたときには、既に皆さんお揃いでした。coldsweats01

夜明け前で寝静まった町中を、6台のバイク(+車2台)で駆け抜けるのは何だか冒険にでも出かけるみたいで、ちょっとドラマチックな気分を味わうことができました。

三郷から外環に乗ると、意外にも交通量は多かったのですが、それでも渋滞はなく、7時前には最初の休憩地点、佐野サービスエリアに到着しました。Imgp0670s

今回の参加車両、右からリーダーのCB900F、僕のCB750、M君のCB1300、S君のブラックバードです。写真には有りませんが、K君のVFR、IさんのCB600F、全てHONDAの大型バイクです。

この辺りではすっかり明るくなってますが、気になる天気は、残念ながら北へ行くほど下り坂でした。(つづく)

2008年10月12日 (日)

行ってきました、会津ツーリング

Imgp0666s 夜の写真じゃありません。

11日、土曜日、早朝4時半。子供や嫁さんを起こさないように、そーっと出かけるのが、結構気分良かったりもしました。でも、早起きできたのが自分でもびっくりです。

1泊2日、会津ツーリング、無事、行ってきました。詳細は後ほどアップします。

2008年10月10日 (金)

明日は

いつもお世話になっている新和モーターさん主宰の1泊ツーリング。目的地は会津、喜多方。

早朝5時の出発。起きられるかなー。今週はお酒もずっと我慢、早起きを心がけてきた。今日はいつもより1時間早起き。それでも5時の出発はなー。まだ日の出前だしなー。

あとは天気だよなー。照る照るボウズ、ほんとにぶら下げようかなー。

2008年10月 6日 (月)

10月ツーリング、1発目

5日、日曜日、天気は下り坂と言う予報に反して、朝から晴れ。

同業者のTさんに誘われ筑波、霞ヶ浦ツーリングに行ってきました。

コース選定は、ツーリングのお誘いを頂いたTさんの提案。

081005maps_2  ツーリングの目的は、筑波山の周囲の道で走りを楽しもうと言うものでしたが、ちょっと道に迷ってしまって欲求不満が残りました。

Tukubamaps 昭文社の「ツーリングマップル」には、この道が「お奨め」の道になってるんですが、○でかこった辺りは狭くて、急で、舗装がコンクリートと言う、大型バイクにはちょっと酷な道でした。

Imgp0644s 左がTさんとハーレー、スポーツスター1200L(06)です。

シリーズ最後のキャブレター車です。「L」はローポジションのLですが、その俊敏な操作性は意外と侮れません。腕の違いもありますが、coldsweats01CBで着いていくのがやっとでした。

Imgp0648s チョイ悪オヤジ二人組。通りがかった女性に撮ってもらいました。

Imgp0651s 筑波山神社の境内では「がまの油」の口上売りが行われていました。

Imgp0657s Tさんの走っている勇姿を撮影しようと試みたんですが、 イマイチでした。

Runingshots 結構必死で着いて行ってるんです。スピードメーター見ると70キロは出てます。

今回のツーリングは、できるだけ渋滞を回避するために、早朝の出発、そして昼過ぎには帰路につく、と言うパターンでした。おかげで夕方降り出した雨にも遭うことなく、無事帰宅。

本日の走行距離、259キロ。埼玉から参加していただいたTさんは多分、プラス100キロくらい?お疲れさまでした。

2008年10月 2日 (木)

10月は

ツーリングの予定が既に3件も!

「照る照るボウズ」を吊そうかな。

ところで、照る照るボウズって一見可愛いキャラクターに見えますが、実は残酷なおまじないらしいです。

本来「照り照り法師」は晴天を祈る神で、これを軒先に吊すんですが、単に祈るだけでなく、この神に祈って晴れなかった場合には「おまえの首をちょんと刎ねよう」と脅かして願いを聞き届けさせようと言う、「脅迫信仰」の一種だそうな。

そんな話しを聞くと、子供だましの遊びと一言で片づけられませんね。何にでも由来はあるもので、日本人の宗教観みたいなものを感じたりします。

2008年9月15日 (月)

笠間城、土浦城

台風が来ているみたいですが、日本海にある高気圧が頑張ってくれているおかげで関東地方の連休は雨に降られずに済んだようです。

その晴れ間を縫って、久々の城巡りツーリングに行ってきました。

茨城県の常磐道は、ここ3年ほど仕事の関係で頻繁に使いますが、この方面の城巡ツーリングは初めてです。

今回の目的地は笠間城と土浦城。まずは笠間城を目指します。

流山から常磐高速に乗り、北へ。普段は車で通い慣れているせいかそれほど距離感は感じないものの、やはりバイクでの高速走行は緊張の連続。途中、守谷、美野里と休憩を取りながら、友部ジャンクションから北関東道を西へ。

僕の持っている地図では友部から先が計画中になっていたんですが、この2年の間にその先桜川まで延びていました。

笠間西で高速を降りて国道50号を東へ戻ります。

笠間と言えば城跡より、日本三大稲荷の一つ、笠間稲荷神社が有名です。で、まずはお参り。

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ここでのお参りの作法は「二礼、二拍、一礼」です。

次に腹ごしらえ。参道にあった古風なたたずまいに惹かれて入ったのは蕎麦屋です。

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太めの腰の強い蕎麦が店の雰囲気とマッチして好感もてました。Imgp0618s

そう言えば一人でツーリング行くと食事は必ず蕎麦屋ですね。仕事の外出先での食事も蕎麦が多いし。なんだか骨の髄まで日本人である自分を改めて実感してしまいます。coldsweats01

笠間城は笠間稲荷の東にある佐白山に築かれた山城です。鎌倉時代、下野の豪族宇都宮時朝(ウツノミヤトキトモ)が、笠間の庄寺領として支配していた正福寺を滅ぼして、その寺の後に建てられました。時朝は後に笠間姓を名乗り、戦国時代は北条氏に属し北条氏と共に滅亡。城は江戸時代に入り、松平、小笠原、浅野、井上、本庄氏らを城主として迎え、延享四年(一七四七年)牧野氏が入封して幕末に至ります。

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城跡は一応公園になっているようでしたが、うっそうとしていて人影もなく、かなり寂しい様子でした。

この佐白山への道は一応アスファルト舗装されていて、駐車場まで行けるんですが、雨上がりで所々コケが生えてて、大型バイクにとってはちょっと怖い路面状況で、ビクビクものでした。

Imgp0635s 土浦城の築城は室町時代後期、永享年間(1429~1440)、若泉氏によるものとされています。その後、常陸国守護職小田氏の武将菅谷氏の居城として、たびたび小田氏を助けることになります。

戦国後期、常陸国は佐竹氏の支配下になり小田氏もその軍門に下ることになります。土浦城主の菅谷範政は小田原の役で豊臣への参陣を拒んだため蟄居後、真壁氏へのお預けとなり、城は徳川家康の次男、結城秀康の支配下のものとなります。

Imgp0627s 土浦城は霞ヶ浦に注ぐ櫻川沿いの低湿地帯を利用して作られた水城で、その姿が水に浮かぶ亀のように見えたことから別名亀城(きじょう)とも呼ばれます。Imgp0626s Imgp0635s_2

本丸の水堀には亀の群が甲羅干ししていました。この亀は日本の在来種ではなく、ミシシッピー赤耳亀と言う外来種でした。「亀城に亀の群」とは風情があるように見えますが、繁殖力の強い外来種であるところが何とも象徴的な感じです。weep

本日の走行距離、223キロ。080914s

今回のツーリングで、生まれて初めてバイクで時速160キロを出しました。カウルが着いているとは言え、必死でハンドルにしがみついているだけでした。多分、もう二度とやらないでしょうな。「いい歳していい加減にしてくれ」とは家内の弁でした。僕もそう思います。

2008年8月 5日 (火)

酷暑の中、あてもなく

走ってきました。

連休中、息子達を連れて早起きして勇んで行ったものの、ボウズで帰った市原の海釣り公園。今日はこの暑さにも関わらず、結構釣果があがっているようでした。

Imgp0529s バイクは海の見える風景に、何故かよく似合うモノです。

Imgp0527s そうそう!2輪館幕張店の閉店セールで、こんなツーリングバッグを買いました。

Imgp0524s それからこのカメのステッカー。

息子達には好評です。(息子以外の家族は「ノーコメント」)だそうです)

2008年7月26日 (土)

梅雨明け十日

梅雨が明けて十日ぐらいは晴天が続きやすいそうですが、バイク乗りにとっては暑さとの戦いの日々がやって来ます。

で、梅雨明け前になりますが、先週、日帰りでツーリング行ってきました。行き先は小田原、箱根。(ツインリンク茂木はこの次にします。coldsweats01

Imgp0496s

ところで、ツーリングの前日にちょっと買い物をしました。

Imgp0523s カメラの小型の三脚と、

Imgp0521s

デジカメをクリップで固定する道具です。

上の三脚を使って撮った写真です。Imgp0511s

場所は箱根ターンパイク(今は「トーヨータイヤターンパイク」と呼ぶらしいです。)の駐車場。小田原市街は相当な暑さでしたが、山の上はかなり涼しいですね。平日でしたが、バイカーを何人か見かけました。

デジカメのクリップは、ベルトポーチなどに固定して走行中の写真を撮ろうと言う目論見で購入したんですが、あまりうまくいきませんでしたね。Imgp0519s

海を見ながら走る真鶴道路がとても気分が良かったので試してみましたが、指が邪魔して失敗でした。

今回のツーリングは暑さでへろへろになりました。特に帰路の首都高3号線の渋滞。都心を抜けるコースは夏は地獄です。次は涼しいところを目指そう。(この日の走行距離280キロ)

(小田原城は後北条の本拠地ですが、それについて書き始めるとまとまらなくなりそうなので、今回は城、歴史の話しは割愛します。coldsweats01

2008年6月 8日 (日)

相模の国に進出

平年より6日ほど早く関東地方にやってきた梅雨前線が一休みしている間に、久しぶりに城巡りのツーリングに行ってきました。

これまで回った城跡を振り返ってみると

下総国:千葉城、関宿城、佐倉城

上総国:久留里城、館山城

武蔵国:岩槻城、忍城(おしじょう)、川越城、鉢形城(はちがたじょう)

といったところです。千葉と埼玉の城跡で有名なところはこれでほとんど回りました。

で、今回は東京の城跡で、ツーリングコースになりそうなところと言うことで、八王子城跡を目指しました。Imgp0441s

朝8時に出発して、都心を抜け甲州街道をひたすら西へ向かいます。

高速を使わずに下道で行ったために、所々渋滞にはまったり、甲州街道を右折する場所を間違えて昭和天皇陵に入ったりしながら、到着したのは11時過ぎ。Imgp0440ms

八王子城は、北条氏康の次男氏照が天正10年に築いたとされています。築城の2年前、氏照は信長への使者として送った家臣から、安土城の壮大な様子を聞き、それに匹敵するような城づくりを目指したのでは、との説を唱える人があるくらい、氏照が力を入れた城とされています。Imgp0453s

八王子城は戦国期最後の山城とされており、城山川を渡る曳き橋の先には政務を行う後主殿があり、その先の山の頂上には本丸があります。Imgp0456s

秀吉の北条征伐に際しては、前回のツーリングで訪問した埼玉の鉢形城の次に落とされたのがこの八王子城で、一月近くかかっての鉢形城攻略を責められた上杉、前田の連合軍は、天正18年(1590年)6月23日明け方より猛攻を開始し、主氏照不在の城はその日のうちに陥落しました。城主氏照は後に北条家4代当主氏政とともに秀吉により切腹を申しつけられることになります。

城跡の全てを回るには半日がかりのハイキングコースとなっていて、全てを回ることは避けましたが、新緑の中、ホトトギスがしきりにさえずっていて、森林浴も兼ねた歴史散歩が楽しめるコースでした。

さて、甲州街道を八王子まで来たら、そのすぐ先にはバイカーのメッカ、大垂水峠があります。「ツーリングまっぷる」にも「ローリング族多し」とありましたが、バイク人口の減っている昨今を反映してか、バイクでコーナーを「攻めている」ような姿は全く見られませんでした。Imgp0459s

その先には日本で初めてのダム湖、相模湖があります。

中学校の遠足で「相模湖ピクニックランド」に来た記憶があり、そのころは観光地として随分にぎわっていた印象だったのですが、今は休日でも静かでした。

途中、高尾山口で昼食をとって相模湖に着いたのが1時半。帰路に就くにはまだ早い。近くに城跡は無いかと地図を見ていると目に付いたのが、相模湖の隣の津久井湖畔にある津久井城跡。事前に何も調べてないのでどんなところか分からないけどとりあえず向かってみることに。

相模湖から国道413号を東へ30分ほど走ると、見落としそうな「津久井湖山城公園」の看板が。Imgp0463s

津久井城の始まりは、鎌倉期、三浦一族の筑井為行による築城とされますが、戦国期には北条早雲家臣、内藤景定が整備したとされます。

山城の跡は全体が公園の一部となっていて、デッキ式の歩道も整備されています。Imgp0464s

偶然立ち寄った城跡でしたが、ここも戦国期の関東覇権争いには重要な役割を果たしたことを知り、ちょっと感動です。

津久井城から南へ3キロ離れたところに三増峠があります。そこは関東進出を目指し北条倒滅を目論む武田信玄と、関東の覇者北条氏康が戦国史上にのこる山岳戦を繰り広げた場所でもあります。Imgp0466s

永禄12年(1569年)、小田原攻めを諦めた武田信玄は、その帰路、三増峠で北条氏照、氏邦の軍勢に迎え撃たれ激戦となるも、津久井城を囲むことで退路を確保することが出来ました。

これに先立つこと8年前の上杉謙信による小田原攻め失敗の二の轍を踏ませようとする氏康。関東にその武威を響かせる目的を達して引き上げる信玄。武蔵、相模、甲斐の国境が接近するこの地で、両者の権謀術数が激突したのもうなずける気がします。

今日はずっと一般道(しかも都内の)を走ってたせいか、時間の割には走行距離は伸びませんでした。本日の走行距離、182キロ。

それにしても渋滞路は左手が疲れます。一日経った今でもまだ痛いです。

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帰り際、都内の代表的な「城跡」として、江戸城跡を写真に撮りました。

一番奥に見えるのが半蔵門です。Imgp0469s

今日はこれで城跡3カ所回ったことにします。happy01

冒頭に上げた表に「相模国:津久井城」も加わりました。

2008年6月 2日 (月)

え!?もう梅雨入り?!

今日、関東甲信地方は梅雨入りだそうです。新緑の季節に、ツーリング行けないままに梅雨入りになんて、と嘆きたくなります。

ツーリンググッズは少しずつ揃えていたのに。。。

Imgp0434s 新しいヘルメット。(結局以前のと同じブランドにしてしまいましたが。)

Imgp0435s 春夏用のライディングパンツ。パーツメーカーで有名なデイトナ系列のアパレルブランド、HenlyBeginsの新作。

Imgp0436s

膝下のファスナーを外すと短パンになる優れ物です。

いつも仕事帰りに立ち寄る駅の本屋で見つけた、ツーリングガイド。

Imgp0437s 旅心をそそる記事ばかり並んでます。

なのに梅雨入りなんて。。。

ここのところ首都圏は、8週連続で土曜日が雨になっているそうです。ふーむっ、道理で走ってないはずだ。

でも、梅雨の晴れ間もきっとあるはず。いつでも思い立ったら走り出せるように、仕事も体調も整えておこう。こういうときこそ自営業者の強みを発揮したい物です。「備えよ常に」。

2008年5月18日 (日)

霞ヶ浦ショートツーリング

1ヶ月ぶりにツーリングに行ってきました。

連休中は予報に反して天気が悪く、また、仕事やら何やらでバイクどころではない1週間で、結局1ヶ月、まともにバイクに乗る機会が作れなかったのですが、今日、ようやく走る時間ができました。

と言っても計画も何もなく、思いつきだったので霞ヶ浦の往復と言う手軽なコースでした。

今回は城跡は無しです。穏やかな陽気の中とにかくのんびり走ろうと言う趣旨でこのコースを選びました。

Imgp0401q Imgp0400q_2

霞ヶ浦の周囲には稲を植える水田以外に、蓮田が見られました。

Imgp0405q Imgp0406q 県央道の入り口にさしかかると突如現れた、牛久大仏。

高さ120m、奈良の大仏が手のひらに乗る大きさだそうです。日本最大の仏教宗派、浄土真宗大谷派にふさわしい大きさ、と言ったところでしょうか。

今日は本当に何の脈絡もないツーリングレポートになってしまいました。でも目的は1ヶ月ぶりにナナハンの感触を確かめることだったので、とにかく天気が良くて、のんびり走れただけで満足です。本日の走行距離、だいたい120キロ。(最後までアバウトcoldsweats01

2008年4月13日 (日)

後北条縁の二つの城

戦国時代の関東地方に覇を唱えていたのが、戦国大名の北条氏だから関東地方の城は何らかの形で北条と関わり有るのは当然なんですが、今回はその北条氏に関わりの深い埼玉の二つの城跡に行ってきました。

Imgp0344q Imgp0345q

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一件目は川越城です。

川越城は1457年、上杉持朝が家臣の太田道灌に命じて築城させたものですが、北条氏と川越城と言えば、「川越夜戦」です。関東の覇権を狙う北条に対してそれを阻止しようと、関東管領、古河公方の連合軍8万が、北条綱成守る川越城を囲んだところへ、わずか8千の軍勢で夜襲をかけて反北条連合軍にうち勝って、武蔵の国進出の足がかりとなった合戦は、昨年の大河ドラマにも取り上げられていました。

川越はその町並みが埼玉の「小江戸」として最近人気があります。

Imgp0356q Imgp0355q

徳川三代将軍家光と乳母「春日の局」にゆかりの喜多院も川越です。Imgp0361q

ついでにちょっとだけ立ち寄りました。

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「大阪の陣」を陰で糸引いたとされる天海大僧正の像です。この天海、実は明智光秀がその正体だという伝説もあります。

今回のツーリングは、再びソロで気楽な一人旅です。で、川越城、川越蔵の町、喜多院を見終わったところでまだ10時半だったので、さらに足を延ばして埼玉県の北部、寄居の鉢形城を目指すことにしました。関越自動車道を花園インターで降りて国道140号を西へ約30分走ると寄居町に入ります。

Imgp0370q ここも城跡はきれいな博物館が建っています。

「新編武蔵風土記稿」と言う古い書物には、源経基により築城されたと有るようですが、城の作りやその後の資料から15世紀に長尾景春により築城されたとする説が有力だとされています。

この鉢形城は戦国後北条氏の盛衰と運命を共にしています。川越夜戦で関東管領上杉家が北条氏康に破れると、武蔵の豪族達は北条氏に帰順するようになります。鉢形を領地としていた藤田重利もその一人で、北条氏康の三男、氏邦がその婿養子となり、本拠を鉢形城に据えます。この城は、荒川と深沢川に挟まれた断崖上と言う天然の要害でもあり、関東支配を狙うライバル武田に従う上野国に対する抑えの地としても、重要な地点であったようです。Imgp0372q

(二の曲輪方面に多数の上り旗!すわ!敵の襲来?!)

Imgp0377q (と思いきや、さにあらず、明日開催の「北条祭り」の準備でしたhappy01

時は移り天正18年、秀吉の小田原攻めで城は、前田利家、上杉景勝、真田昌幸、本多忠勝ら率いる5万の北国勢に囲まれます。一月あまりの籠城の末、城主北条氏邦は、家臣の命を思い遂に開城を決意します。城を出て剃髪した氏邦はその後前田家お預けの身となり、金沢でその生涯を終えます。

城跡にはドラマが詰まってます。今回は戦国期、関東を支配した後北条氏の興亡を一日で見学できて、有意義なツーリングでした。

バイクの話をちょっとだけ。

今回は行きも帰りも高速道路をかなり走りました。カウルを装着したとは言え、走行風のきつさにはちょっと参りました。無風状態で快適に感じるのは80キロまで。120キロでのクルージングはタンクにしがみつく姿勢になってしまいます。やっぱり下道をゆっくり走った方が楽しいかな。

本日の走行距離、255キロ。

2008年4月 6日 (日)

桜、城、ワインディング三昧

4月5日、予報は晴れ、気温も上がり行楽日和になる予想。仕事を通じて知り合ったバイカー達と、ツーリングに行ってきました。行き先は房総です。

当日は早めの待ち合わせだったので、3日前から早起きに身体を慣らしていたんですが、前日は少し緊張して寝付けませんでした。まるで遠足の前の子供のようです。

Imgp0301q 6時半起床で、7時に出発。朝8時に市原のデニーズで待ち合わせ。今回おつきあいいただくMTさんのZRXと僕のCBナナハンです。

MTさんは僕より一回り以上も若いながらも、ツーリング歴はもはやベテランの域。

朝食をしっかり取って、9時に出発。次の目的地は富津市内の上総湊駅。そこで今回のもう一人の参加者、☆さんと合流します。Imgp0303q

Imgp0306_editedq 初顔合わせの3人の記念写真でしたが、逆光になってしまいました。wobbly

初顔合わせの3人ですが、それぞれ目的地が一つずつあって、それらを回ることに。

まずはMTさんお奨めの「道」を走ることに。富津市内の県道で道沿いに目立った観光スポットがあるわけでもないそのルートは、通行量も少なく信号もない10キロ弱の区間ですが、道幅も広くかつ適度なワインディングが続いていて、ライダーの間では千葉県内では隠れた名所になっているそうです。Imgp0308q

桜もあちこちで見られて、☆さんも「いい道ですね~」とご満悦でした。

(マグナで颯爽と走る☆さんです。)

もちろん僕も快適なワインディングを堪能しました。

鋸南の道の駅で休憩後、向かった先は、僕が行きたかった観光スポット、館山城です。

Imgp0317q

館山城は16世紀の終わりに、安房の覇者里見氏が、軍事、経済の両面から見て天然の良港を持つこの地に築いた城です。Imgp0320q

確かにこの城からなら、江戸湾の入り口を一望でき、戦略上重要な拠点であることが実感できました。

しかしその重要拠点を領地に持つことが、里見氏にとって後の災いになったとも言われています。時の天下人がそうした場所を、外様の大名に与えておくわけがありません。徳川幕府の時代には、里見家は城普請や家臣の数に難癖をつけられて、伯耆の国に国替えされ、事実上改易となりました。

で、その里見氏の悲劇を題材に書かれた江戸時代の長編小説が、「南総里見八犬伝」です。「城」の中の展示物は、半分くらいがこの「八犬伝」関連のものでした。Imgp0312q_2

花見真っ盛りの館山城を後にして向かったのが、☆さんお奨めのカフェ、「grassB」です。その店は館山市内の少し山を登ったところにあって、ここも知る人ぞ知る、隠れた名店になっていると言うことでした。

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手作り風の建物の中には薪ストーブがありました。ハーブも植えられていたりして、それを料理に使ったりするそうです。食事はピザとパスタがメインで、味付けはシンプルで走り疲れた身体に優しい味でした。

バイク好きは、バイクの話になると止めどがありません。車種の話、パーツの話、ツーリングの話、話題は尽きることなく、時間はあっという間に経ってしまいます。が、日帰りツーリングなので、あまりゆっくりもしてられません。MTさんの、お遍路ツーリングやら古城巡りツーリングなど、ユニークなお話の楽しみはこの次に取っておいて、出発です。

最後は千葉県最南端を通って、帰路に就くことにして、野島崎灯台を目指します。

Imgp0327q MTさん曰く、ライダーには何故か「端っこ好き」が多いそうです。

野島崎灯台を最後の立ち寄り先にして、後はひたすら走り続けました。

5時半に姉ヶ崎のコンビニで解散。自宅に着いたのは7時30分。ナナハンを買ってから最も長時間乗った1日でした。本日の走行距離、280キロ!

考えてみると、グループツーリングは20年ぶりのことでした。一人で走るのは気楽ですが、人と一緒に走るというのも「一人じゃない」と言う安心感があって、良いものですね。☆さん、MTさん、お二人の大人の気配り溢れる走りのおかげで楽しい一日でした。ありがとうございます。happy01

2008年1月 2日 (水)

初乗り

新年あけましておめでとうございます。

元旦から穏やかな日が続いてますね。昨年の暮れに思わぬ転倒を喫してしまい、ちょっと落ち込んでいましたが、気を取り直して暮れにライディングパンツを購入したので、早速それを履いて近所をひとっ走りしてきました。

Imgp0156q よく行く河川敷を通って、帝釈天まで一回り。お参りの方はかなり混んでいたので、参道の入り口を通過しながら気持ちの中で手を合わせました。

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「今年はバイクも仕事も転けずに過ごせますように」

2007年12月 8日 (土)

今年最後のツーリング、かも

余裕を持って仕事を終えた先月の末はあいにくの空模様でしたが、ここのところ小春日和が続いていたので、ついつい走りに行ってきました。

相変わらず近場ですが、目的地は上総の国の久留里城です。

小春日和とは言えもう師走、さすがに朝夕は冷えますが、市原を通過する辺りになると少し気温が上がった気がしました。

Imgp0120q 山の上にある城はほとんどそうなんですが、駐車場から坂を上って行かなくてはなりません。これが結構きつかったりします。

Imgp0119q 登り口に、杖が無料で貸し出されています。

Imgp0126q この辺りはやはり暖かいのでしょう、師走のこの時期が紅葉の見頃です。

Imgp0137q 久留里城はもともと甲斐源氏の流れを汲む真里谷武田氏(まりやつたけだし)の居城でしたが、その後16世紀半ばに安房から上総へ勢力を拡大した里見氏が本拠としました。6代義堯(よしたか)はここを本拠として、相模、武蔵の覇者北条氏としばしば対立します。Imgp0131q

里見氏は義堯とその子義弘の代には勢力を下総まで伸ばし、天文、永禄の2度にわたって北条氏との間に合戦(国府台合戦)を繰り返しましたが、2度目にはその油断がもとで完膚無きまでに北条側に叩かれ、安房へ敗走することとなりました。その後、久留里城は一度は北条の手に落ちますが、再度里見氏が奪還し秀吉の小田原攻めまでここを居城とします。

久留里城天守まで見ましたが、まだ時間は午後1時。ロードマップを見てると、最近圏央道の一部が開通しているのを見つけたので、それに乗って東京湾へ出ることに。国道410号を木更津東で圏央道に乗って、富津岬を目指します。

木更津南で高速を降り、君津の工業地帯を走る道路は道幅も広く、しかも嘘のように空いていて快適でした。でっかいアメリカンでゆったりと走ったら、絵になりそうな道です。

Imgp0140q 富津岬へ向かう市道で、首から下げたデジカメで走りながらの撮影にチャレンジです。

Imgp0145q 小春日和の東京湾は穏やかとはいえ、やはり水は冷たそうですが、水上バイクやウィンドサーフィンを楽しんでいる人もいました。見ているだけで寒くなります。

Mk_map1207 高速を使うのはこれで2回目ですが、やっぱりネイキッドは風が辛いですね。ビキニカウルでもあれば大分違うんだと実感しました。

これで今年は走り納めかな。今回の走行距離、190キロ。

2007年10月24日 (水)

秋の気まぐれツーリング

当日走り出すまでは房総の南の方を目的地にしていたんですが、出がけに見た天気予報だと関東地方でも北の方が天気が良さそうだったので、ガソリンを満タンにしたところで急遽予定変更。以前から行きたいと思っていた、埼玉の城跡を目指すことにしました。

今回は僕にしては少し早めの8時20分頃出発。

天気は薄曇り、予報での最高気温は埼玉や千葉では22度の見込み。週末に「2りんかん」で購入した秋冬用のライディングジャケットと、防寒用のパンツを装備して、埼玉方面へ。

この「防寒用のパンツ」ですが、ちょっと変わってて、「履く」のではなく「覆う」ものです。0710231 カウボーイが馬に乗るときに、ズボンの上から革製のもの(何て呼ぶモノなのかは知りません)を巻いているのを連想させるようなモノで、着脱が楽そうなので購入しました。真冬にこれでは少し寒いかも知れませんが、今くらいの季節には丁度いい感じでした。

最初の訪問地は岩槻城跡公園です。

戦国初期、扇谷上杉氏が太田道灌に命じて築城させたと伝えられる平城跡です。

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この公園にある池には、なんとカワセミが生息していて、偶然にも2羽、目撃しました!水がきれいで、魚がいないと生息できない鳥だと思うんですが、こんな町中の公園にいるなんて、驚きです。

昼にはまだ少し早いので、この後一気に行田を目指します。行田には忍城があります。国道122号を北上し羽生市内で国道125号を左折。行田市内にはいると、忍城より前に「さきたま古墳群」の看板が目に付き、ちょっと寄り道。

この辺りは「埼玉県」の名称発祥の地としても知られています。

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日本最大の円墳「丸墓山古墳」

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「丸墓山古墳」の頂上から前方後円墳を望む

現在、このさきたま古墳群を世界遺産に登録しようと言う運動が進められているようです。

ここで少し時間を取りすぎて、行田市内のラーメン屋で遅めの昼食をとり、忍城跡にある歴史博物館へ。

忍城は、湿地帯を生かした天然の要害で、この辺りを支配する成田氏によって15世紀に築城されました。その後、北条氏に与した成田氏は、秀吉の小田原攻めの際に石田三成により落とされますが、その時の水攻めにも良く持ちこたえ、「あの城は水に浮いているようだ」と攻め方の舌を巻かせたとの言い伝えがあるそうです。江戸時代に入ってからは徳川譜代の重臣達が城主に任ぜられ明治まで続きます。

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さて忍城の次は、どこへ行こう。

この後、川越城も見に行くつもりでいたのですが、思いの外時間がかかり、川越に着く頃には太陽が西に傾いていました。秋の陽はつるべ落としです。日が暮れてからのライディングは、疲労も溜まっていて出来るだけ避けたいと常々思っているので、川越は通過のみで帰路に就きました。

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(見づらいかも知れませんが緑色のラインが今回のコースです。)

本日の走行距離、190キロ。ようやく慣らし運転も終わりました。ナナハンを買ってから一番長い時間乗った日でもあり、実はかなり疲れました。もう若い頃とは違うことを自覚し、日頃の健康管理に気を付けないと、楽しいバイクライフは続けられないなー。

2007年9月17日 (月)

北総史跡巡り

2週間ぶりに日帰りツーリングに行って来ました。題して「北総史跡巡り」。
真夏の様な暑さの中、今回も朝10時頃ののんびりした出発。最初の目的地は佐倉城跡。
北総公団線と平行して走る国道464号は片側2車線で路肩も広く、快適で、一気に印旛村まで走り抜けます。印旛沼から佐倉へは、県道を30分ほどでたどり着きました。

佐倉城は元は戦国時代の豪族千葉氏がその一族に作らせた城を、家康の時代になって腹心土井利勝に改めて縄張りを命じ築かせた城です。江戸時代以降は徳川譜代の重臣が城主として任じられることが多く、堀田正信は「義民宗吾郎」の事件で有名です。

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0709161 現在の城跡は国立歴史民族博物館となっています。縄文から江戸時代までの庶民の暮らしに焦点を当てた常設展示物は、日本史を駆け足で勉強できます。

博物館を1時間ほど見学して、次の目的地は成田山新勝寺です。千葉県に住み始めて15年ほどになりますが、成田山を訪れるのは初めてです。年末年始は参拝客で大変な人出になるんだろうとは思いますが、今日も善男善女で境内は賑やかでした。外国人を見かけるのは、成田空港があるからでしょうか。

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人が大勢いるところは苦手なので、成田山は早々に切り上げて、次の目的地、宗吾霊堂に向かいます。
江戸時代、領主の圧政に対して命がけで将軍に直訴した「義民宗吾郎」が祀られているのが宗吾霊堂です。こちらは成田山と違って休日でも人は少なく、広い境内は静かでした。

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義民宗吾郎の話は、本名は木内惣五郎と言うこの辺りの名主で、領主堀田家の圧政に苦しむ農民を代表して、将軍家綱に直訴を敢行し、子供もろとも処刑されましたが、その後、この直訴が取り上げられ、年貢の軽減が実現されたというものです。

この話は歌舞伎や文楽にもなってるほどの話しで、ストーリー全般は境内の奥にある「宗吾一代記館」の人形の展示物を一通り見れば分かるようになってます。直訴の覚悟を決めて、妻子に別れを告げるシーンなどは、ちょっとほろりとさせられます。

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宗吾霊堂の帰路、役人に追われる宗吾郎を命がけで印旛沼の向こう岸に渡して助けたという言い伝えのある「甚兵衛渡し」に立ち寄りました。渡し跡は既に埋め立てられて田畑になってますが、樹齢300年を越す松並木だけが往事を忍ばせてくれます。0709168

北総の史跡はこの他にも例えば佐原の小江戸、伊能忠敬記念館、香取神宮などありますが、今後の楽しみの取っておくことにして、今回は帰路に就きました。
本日の走行距離、約110キロ。慣らし運転終了まで、残り300キロ。

2007年9月 1日 (土)

関宿城

8月も終わりましたね。気がつけば猛暑も去って、早くも秋雨前線でぐずついた天気が続いてます。0709012

降り出しそうな空を気にしながら、例によって慣らし運転を兼ねて、千葉県の北西の端に位置する関宿城に行って来ました。0709014 0709011

この辺りは千葉県と茨城県、そして埼玉県と栃木県の県境が隣接しています。

関宿は関東平野の中心に位置していて、戦国時代にはこの地を巡って戦いが繰り広げられたと言われています。

関宿城の起こりは古河公方の家臣、梁田氏によって作られました。その後関東を支配した北条の支配下に入り、秀吉により北条が滅びた後には徳川家康の異父弟、松平康元に与えられました。

前回の千葉城同様、写真の建物は博物館で、4階の天守閣は展望台となっています。

0709016 「関東平野の中心」と言われるだけに周囲に山が無く、天気が良ければ、北に筑波山、西には富士山まで見渡せます。0709018

博物館の展示物は、利根川の治水、利水工事の歴史に関するものがメインでした。興味深かったのが、利根川は江戸時代以前には、今の隅田川を経由して江戸湾に注いでいて、それを治水利水の目的のため、人工的に流れを変えて、銚子の河口に注ぐようにした、と言う利根川の歴史です。これを「利根川の東遷」と呼ぶらしいです。

パワーショベルもダンプカーもない時代にそんなことをやろうと考えること自体、現代人の想像を絶している気がしました。尤も、当時の利根川は頻繁に氾濫を起こしていて、その度に飢饉やら疫病やらで人々が苦しめられていたわけだから、きっと切実な問題だったのでしょう、当時の権力者も放置できないくらいに。

一通り利根川の展示を見たところで、空模様が気になったので、早めに引き上げました。

本日の走行距離、約80キロ。

2007年8月25日 (土)

房総半島横断ツーリング

甲子園も終わって、暑かった夏もようやく終わろうとしてますが、ようやくツーリングに行くことができました。目的地は九十九里の波乗り道路、ソロツーリング。

気になる天気は、この夏続いていた35度以上という猛暑は一段落し、時々曇りがちという比較的過ごしやすい状況。それでも予報では最高気温33度。熱中症への注意はまだまだ必要。

まだ、慣らし運転中のなのでできるだけ高速は使わずに、下の道で行くことにしたルートは、国道14号で千葉市を通り、市原市に入ったところで茂原街道を通り、外房を目指すというコース。

茂原街道に入って20分ほど走っていると「この先6キロに100円うどん(四国出身)」と言う看板が目について、距離計をチェックしてると1キロごとに「この先5キロに。。。。」と言う看板が出ている。

10年ほど前四国を旅行したとき、何でもない普通の立ち食いうどんの店なのに、ものすごく旨かった記憶がある僕としては、「四国出身のうどん」と言う文句に妙に惹かれました。

でたどり着いたうどん屋。0708254

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四国で食べた店と同じ注文の仕方になっていて、まずうどん何玉かを注文して、その後具の天ぷらを自分で選んで乗せて、最後にお勘定、と言うシステム。頼んだうどんは、冷やし2玉、でちくわ天をチョイス。 0708253_2

もう10年も前のことなのでだいぶ記憶は薄れてますが、多分、四国で食べたうどんと同じ歯ごたえと喉越し。これで510円也。

腹ごしらえも済ませて、再び1時間ほど走り、茂原を抜け一宮海岸に到着。

0708256 九十九里有料道路の一宮休憩所です。

0708258_2 一宮はサーフスポットとして有名らしいです。

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一宮の田園風景。そろそろ稲刈りの季節です。稲穂の香りがあたりを包んでいました。

帰路は、波乗り道路を白子で降りて、外房有料から京葉道へと高速を使いました。慣らし運転の上限3000回転だと5速トップで80キロ/hしか出ないので、流れている高速道路はちょっときつかったです。

ナナハンについて今回のツーリングで感じたことは、日本の道にはこのサイズがちょうどいい、と言うことです。「大型バイクの余裕」を持って走りたいとは思っても、渋滞はやっぱり辛い。路肩のすり抜けができないと、しんどいです。ナナハンだと割とスムーズにそれが可能なので、ずいぶんストレスが解消されました。

本日の走行距離、約180キロ。慣らし運転完了まであと500キロ。

そうそう、いつもコメントをいただいている小川さん、今日は途中、寄らせてもらってありがとうございました。太陽の熱とエンジンの熱でオーバーヒートの体に、ちょうどいいブレイクになりました。

2007年8月 6日 (月)

朝練

我が家にナナハンが来て早一ヶ月。仕事と家族の行事、それに空模様の都合が合わず中々ツーリングには行けません。走行距離も伸びず、慣らし運転が終わるのはいつのことやらと少し落ち込んでます。
ところで自営業になってからは夜型の生活になってしまって朝の爽やかな空気を味わう機会もめっきり減りました。

0708012

ところが今朝は珍しく、早目に起きることができました。でも朝起きぬけに食事をとる気にもなりません。天気はまあまあです。そこで思い付いたのが朝のバイク散歩です。
ラッシュアワーが始まる前の町は涼しくて、快適でした。
折角なので、通りがかったデニーズで朝食を取りました。
塩鮭定食¥620、ちょっと贅沢な朝でした。

そうそう、先月、素敵なプレゼントを贈っていただいた友人のバイク用品のショップをちょtっとご紹介しておきます。クシタニ下関店さんです。山口へツーリングの際は、是非立ち寄りたいです!

2007年7月22日 (日)

千葉城

うっとおしい天気が続いてます。今年は空梅雨だと思ってたんですが、なかなかすっきりと晴れません。

「土曜日、朝から晴れれば、日帰りツーリングでも」と思っていたんですが、8時ごろ、雨音で目が覚めました。行き先は地元千葉県の外房。九十九里有料道路(通称波乗り道路)を海でも眺めながら走ろうかと考えていたんですが、初めてのツーリングが雨ではゲンが悪いので、中止にしました。

もともとソロツーリングのつもりなので、その辺は気軽です。誰に断る必要もないし。

そうは決めたものの、昼近くなって雨も上がり薄日も差し始めると、やっぱり出かけたくなります。雨の心配が完全に無くなった訳ではないから遠出は避けたいところですが、夕方までに行って来れる場所なら。

と言うことで、千葉城に行ってきました。

1時過ぎに自宅を出て、片道大体30キロの行程。先日ご紹介した、頂き物のジャケット、早速着用してみました。プロテクターが入っているので若干重さを感じますが、メッシュ生地で風通しはばっちりでした。

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千葉城は、平安後期からこの地を支配していた豪族、千葉氏の居城跡です。写真は市の博物館となっている建物で、内房線の電車からも見える高台にあります。

入場料は大人60円で、館内では千葉氏の歴史に関する展示物と、プラネタリウムが日に数回上演されるようです。

常設の展示物は、日本史の各時代における千葉氏をレポートしていて分かりやすいんですが、立ったままそれを順番に読み込んでいくのはちょっと億劫です。が、それを一枚一枚プリントしたものが無料で配られていたのはありがたかったです。持ち帰ってゆっくり読むことが出来ますから。

千葉氏は桓武天皇のひ孫、高望王が上総介に任命されたのを始まりとして、代々、房総の有力豪族として、関東をめぐる武士の歴史の端々で登場するんですが、僕の好きな戦国時代に名を残すような武将は出なかったのが、ちょっと残念です。(そんなこと残念がってもしょうがないか。。。)

本日の走行距離、約65キロ。

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